賃金

paymeローンチということで、前払いや前借りを求める人を行動経済学で解説する

2017年9月4日

給与の前払いサービス「payme」というサービスが本日よりローンチされたようです。

Payme(ペイミー)

このサービスの是非は後回しで、まずは労務管理のブログらしく「前払い」と「前借り」について解説し、そのあと、(幽霊)行動経済学会会員として、前払いを求めるような人、というのを解説したいと思います。

 

「前払い」と「前借り」の違い

前払い(前渡し)とは

給与の前払い、というと、一般には「前借り」という言葉が使われます。

しかし、「前払い」と「前借り」とでは、実は意味がまったく異なります。

「前払い(前渡しともいう)」とはすでに労働した分(既往の労働分)の給与を給与支払日より前にもらうものをいいます。

例えば、賃金の締め日から2週間ほど経った段階で、労働者側がどうしてもお金が必要になった、という場合を考えてみましょう。

賃金の支払日はまだですが、すでに2週間労働をしているので、2週間分の賃金は発生しています。

言うなれば、2週間分の賃金が支払日までプールされている状態です。

そのため、この2週間分の賃金に関しては、あくまで労使の合意があれば、という条件は付きますが、支払日でなくても支払いを受けることは可能です。

ただし、出産や疾病、災害など緊急を要する場合は「非常時払」として、会社は労働者の前払いの要求に応じる義務があります。

(非常時払)
第二十五条  使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

(一部記事では、支払い期日前の賃金を受け取ることは労働者の権利として認められている、みたいな書き方がされていますが、上記の通り、権利として認められているのは非常時に限られます。)

 

前借り(前借金)とは

一方、「前借り」は労働したかどうかに関わらず、労働者が会社から翌月以降の賃金を担保にお金を借りることをいいます。

例えば、20日締め末払いの会社の労働者の一人が「給与支払日に競馬で全部すったので、給与支払日の翌日に翌月分の賃金全額がほしい」という場合。

締め日から支払い日までの約10日間分はすでに労働した分の給与としてあるものの、翌月分の賃金全額には当然足りないので、残りの20日分は労働者が会社から借りる形になります。

このように、すでに労働した分以上の賃金を支払い日前に借りるのが一般的な「前借り」ですが、時には借りる金額がすでに労働した分に収まって「前払い」となる場合もあるので、「前借り」は「前払い」を含む概念と言えます。

 

「前借り」は法違反になる可能性も

ただ、法的にいうと、前払いの範囲を超える額の「前借り」は労働基準法違反となる可能性があります。

「労働を条件に借金を課す」というのが、転じて「借金を返すまで強制的に働かされる」という奴隷的労働に繋がりやすいためです。

とはいえ、法律は、会社や経営者が労働者にお金を貸す、あるいは労働者が会社からお金を借りることまでは禁止していません。

では、何が違反となり得るかというと、以下の通り、借金を賃金で相殺する(賃金から借金分を控除する)ことです。

(前借金相殺の禁止)
第十七条  使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

つまり、会社に10万円借金がある労働者の給与から、会社がその労働者の翌月の給与から10万円控除するというのはアウト、ということです(分割で月1万や2万という場合もダメ)。

ただ、上記の規定の主語が「使用者は」となっているように、使用者側からの相殺はどのような場合も認められませんが、労働者側から希望する場合は相殺することができます。

 

「前払い」と「現在バイアス」

冒頭で紹介した「payme」というサービス「前借り」ではなく「前払い」を対象にしたもので、サービスを利用するかどうかは企業側の判断になります。

企業に導入を促すため「payme」の公式ページでは、「前払い」をOKにすると求人応募者数が増えることを数字で表しています。

引用:Payme(ペイミー)

確かに、近年は慢性的な人手不足で、求人を出してもなかなか応募者が来ない、というのが常態化しています。

しかし、だからといって「前払い」につられてくる人を雇っていいのかというと、少なくとも行動経済学の観点からは疑問があります。

なぜなら、前払いを求めるような労働者というのは「夏休みの宿題を後回しにしていた」であろう人である可能性が高いからです。

夏休みの宿題を後回しにしていた人ほど長時間労働しやすいという話(行動経済学会シンポジウムより)

同じことの繰り返しになるので詳細は上記の記事をご覧いただければと思うのですが、夏休みの宿題を後回しにしていた人というのは、「現在バイアス(現在志向バイアス)」が強い傾向にあります。

つまり、未来のことより今のことを重視しがちということです。

そのため、夏休みの宿題を後回しにしていた人の方が、そうでない人よりも借金やギャンブル、喫煙や肥満などのリスクが高いとされています。

 

「前払い」を求める人って?

で、ここで考えてもらいたいのが、給与を前払いでもらわないといけない人ってどういう人? ということです。

だいたいは貯金等の余剰資金がない人かと思われます。

では「なぜないのか」といえば、何かで使ってしまっているからで、その「何か」もたいていは「遊び」や「趣味」(もちろん、連帯保証人になった相手に逃げられたとか、突然お金がなくなって、という場合もあるでしょうが)。

後先のことを考えずにお金を使って、前払いを要求するような「現在バイアス(現在志向バイアス)」の強い人というのは、みなさんの会社の求める人材とマッチしますか? という話です。

よくわからない、という方の参考のために言っておくと、夏休みの宿題を後回しにしていた人ほど、長時間労働しがちという研究データもあります。

 

もちろん、このサービスを利用すれば、労働者からすると擬似的な「日給制」や「週給制」とすることもできるので、その方がお金の管理をしやすいという労働者もいないわけではないでしょう。

それでも、3~6%の手数料を支払ってまでする意味があるのかは、ちょっと疑問です。

 

今日のあとがき

このサービスを知ったのは今朝のTwitterのトレンド欄からでした。

トレンドから検索結果を表示して、他の人がこのサービスをどう考えてるかを見たいので、検索結果をどんどん見ていくと、だんだんサービスの「payme」の呟きはなくなっていくのですが、その代わり扇情的な格好をした外国人女性の画像がいっぱい・・・。

英語の呟きは短い上、paymeという単語が呟かれてるツイートの多くがハッシュタグまみれということもあり、よく意味はわかりませんでしたが、事務員の誰かに見られたら誤解を生みかねないところだったのは確かです。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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