就業規則

ChatGPTが人事・労務の未来を変える?就業規則作成の可能性と限界を徹底検証

2023年7月25日

 

これまでのAIは、文字認識や画像認識、需要予測のように、入力されたデータが正しいかどうか、あるいはデータから何かを予測するといった用途が主でした。

というより、そういう使い方しかできなかったいうのが正しいのかもしれません。世界を驚かせたAlphaGoも、言ってしまえば「予測」の極致みたいな性能でしたしね。

しかし、昨今注目を集めている「生成AI」は、コンテンツそのものを作成することができるという、従来型のAIと根本的に異なる特徴を持っています。

そのため、一部のビジネスマンや技術者に留まらず、テレビのワイドショーでも取り上げられるレベルで注目を集めています。おそらく今年の流行語に「生成AI」「ChatGPT」はどちらかは必ず入ってくるのではないでしょうか。

 

ChatGPTの人事労務業務への利用

そんな生成AIの代表格ともいえるChatGPTは「文章生成AI」であり、会話形式でプロンプト(指示・命令)を指定すると、人間が読んでもほとんど違和感のない文章が返ってきます。

そのため、ChatGPTに自分の仕事が奪われるのでは危機感や拒否感を覚える人がいる一方、これを業務に利用したいと考える人も少なくありません。

そして、ChatGPTの業務利用という観点で見ると、人事・労務においては書面作成が必要な場面は少なくないので、ChatGPTとシナジーがあるように思えます。

例えば、労働契約書や就業規則、社内規程などをChatGPTで作成できるなら、業務の時短や効率化も図れますし、そもそも筆者のような社会保険労務士その他の専門家も不要となるかもしれません。

では、実際にはどうなのか、その結論を出すにはまずChatGPTの特徴を知っておく必要があります。

 

ChatGPTの特徴

内容の正確性は保証されない

まず、最初に押さえておかないといけないのは、ChatGPTは、あくまで文章を生成することに特化したAIであることです。

言い換えると、ChatGPTにとっての第一の目的は人が読んで違和感のない文章を生成することであって、極端な言い方をすると内容の正確さは二の次なわけです。

 

文章生成には確率の揺らぎがある

あまりに流暢な文章を生成するので勘違いしがちですが、ChatGPTは意思を持って文章を生成しているわけではありません。

ChatGPTは入力されたそのプロンプトに対し、よく使われる言葉を数珠つなぎにして出力しているだけであり、そして、最終的にどの言葉を出力するかは確率で決まります。

確率なので、プロンプトに関連して一番使われる言葉以外の言葉も出力されるのですが、こうした確率の揺らぎが、まるで生きている人間のような文章を生成する要因となっているわけです。

しかし、ChatGPTで就業規則や社内規程の作成を行おうと考える場合、こうした揺らぎは必ずしもプラスにはなりません。

確率の揺らぎによって、同じプロンプトでも回答が変わったり、正しい情報や就業規則に適した文言が選択されなかったりする場合があるからです。

 

2021年9月までの情報しかない

現行のChatGPTは無料版、有料版を問わず、2021年9月までの情報しか持っていません。

そのため、例えば、ChatGPTに日本の今の首相が誰なのかを聞いても正確な情報は得られません。

 

就業規則作成でChatGPTとの向き合うコツ

上で挙げたChatGPTの特徴は、いずれも、労働契約書や就業規則、社内規程等の作成とは相性が悪いように思えます。

労働契約書や就業規則等の作成に当たっては、文章の綺麗さよりも内容の正確性の方が重要ですし、ChatGPTが持っている情報が2021年9月までというのも、法改正対応が主となる就業規則作成・変更への利用をためらわせます。

では、全く使えないかというとそういうわけでもありません。

プロンプトを工夫したり、より性能の高い有料版のChatGPT(GPT4)を利用したりすれば、かなり精度の高い文章を作成することが可能だからです。

 

プロンプトの工夫

ChatGPTにプロンプトで特定の項目の条文作成を指示すると、指示した特定の項目のことを、定義の段階から間違っているとしか思えない規定例を作成したりします。

こうした場合、人間側がプロンプトに「定義」を打ち込んでおくと、こうした問題が解決されることがあります。

また、すでに述べたとおり、ChatGPTには2021年9月より後の情報が入っていませんが、この場合も2021年9月以降の情報をプロンプトに打ち込んでおくと、それを踏まえた文章生成を行います。

これを応用すると、例えば、法改正があった場合でそれに合わせて就業規則等の改定が必要という場合、法改正内容をプロンプトに打ち込んでおくと法改正に応じた文章生成ができるわけです。

 

GPT4を利用する

ChatGPTには無料版と有料版があり、それぞれでバージョンが異なります。

そして、無料版であるGPT3.5と有料版であるGPT4を比較すると、明らかにGPT4の方が「賢い」のがわかります。

以下は、副業・兼業の就業規則の規定例をGPT3.5とGPT4を作成させたものですが、見比べればどちらが優秀かは明らかです。

GPT3.5

(プロンプト)

副業・兼業を原則解禁とする就業規則の規定例を作成してほしい

 

(ChatGPT)

就業規則を作成する際には、法令遵守や労働環境の改善を考慮しながら、副業・兼業を原則解禁とする規定例を作成することが重要です。以下は、一般的な規定例の例ですが、具体的な企業の事情や地域の法律に応じて適宜修正してください。

【副業・兼業解禁の規定例】

第1条 目的
本規定の目的は、従業員の自己実現や経済的な向上を促進するとともに、企業における創造性や多様性の活性化を図るために、副業・兼業を原則解禁することを定めることを目的とする。

第2条 定義
本規定において、以下の用語は次のように解釈する。

副業:本業とは異なる職業や業務を、従業員が主たる職務と並行して行うこと。
兼業:本業とは別に、別の会社や事業体で従業員が契約労働者等として採用されること。

第3条 副業・兼業の申請
従業員が副業または兼業を行う場合は、事前に会社に対して申請するものとする。ただし、申請が必要ない場合については別途定める。
申請書は、副業または兼業の内容、勤務時間との調整方法、競合する業務がないことを確認するための情報等が含まれていることが望ましい。

第4条 副業・兼業の制限
申請された副業または兼業が、本業の遂行に支障をきたすと判断される場合や競合する業務である場合、会社は副業・兼業の許可を拒否することがある。
副業・兼業により、会社の機密情報や知的財産が漏洩するおそれがある場合は、その申請を拒否する。

第5条 副業・兼業の遂行
副業・兼業が許可された従業員は、本業と副業・兼業の間での労働時間を調整し、適切に両立させる責任がある。
副業・兼業により疲労が蓄積し、本業の遂行に支障をきたす恐れがある場合、従業員は会社からの指示に従い、副業・兼業を一時的に中止する必要がある。

第6条 保険および税金
副業・兼業による保険や税金の負担は、従業員自身が責任を持つものとし、会社はその負担に対して一切の責任を負わない。

第7条 規定の変更
本規定は、法律や規則の変更により必要に応じて改訂することがある。

以上が、副業・兼業を原則解禁とする就業規則の一例です。従業員と会社の利益をバランス良く考慮し、副業・兼業を促進することが重要ですが、会社の業務への影響や競合問題を適切に管理することも忘れずに行ってください。

https://chat.openai.com/share/5836efbf-4440-4a20-baf3-056ba860c7dc

 

GPT4

(プロンプト)

副業・兼業を原則解禁とする就業規則の規定例を作成してほしい

(ChatGPT)

以下に、副業・兼業を原則解禁とする就業規則の規定例を作成いたします。ただし、具体的な業種や業態により異なる可能性があること、さらには国や地域による労働法の規定も存在しますので、以下の規定例は一般的なものとしてご理解いただけますと幸いです。

【第◯条 副業・兼業】

  1. 従業員は、事業の目的、業務遂行能力、および会社の信頼に影響を及ぼさない範囲内で、副業・兼業を許可します。
  2. 副業・兼業を行う場合、従業員は事前に副業・兼業の内容、その他の詳細を人事部門に通知し、承認を得る必要があります。ただし、この承認は、当社のビジネス、従業員の本業の遂行能力、またはその他の重要な関心事に対する潜在的なリスクを評価する目的であり、承認の不承認には当社の裁量が適用されます。
  3. 副業・兼業の承認は、1年ごとに更新が必要であり、そのためには再度、通知と承認のプロセスを経る必要があります。
  4. 副業・兼業が本業の業務遂行に支障をきたすと判断された場合、または適切な通知や承認がなされなかった場合、当社はその副業・兼業の禁止または中止を命じることができます。
  5. 当社は、従業員が他の雇用主との間で締結する契約内容を確認する権利を有します。これは、競合する利益が存在しないこと、または従業員がその副業・兼業によって法的義務を遵守していることを確認するためです。

以上、参考になれば幸いです。法的な規定を制定する際には、必ず専門の法務・労働法専門家に相談することをお勧めします。

https://chat.openai.com/share/c7e3345f-4890-4107-8a0b-ebac2d9fb97b

 

GPT3.5は規定を作成してと言っているのに「規程」もしくは「規則」を作成してしまいましたね。内容も芯を食っているかというと、うーん。

一方のGPT4はきちんと就業規則の一規定としての体をなしているし、内容もそれっぽくは見える。

とはいえ、GPT4の内容もそれっぽいだけで、内容に問題ないかというと専門家の視点から見たら決してそうではありません。GPT3.5と比較すれば全然マシですけどね。

ただ、プロンプトをほとんど定めずにGPT4がこれだけの内容のものを作成してきたということは、プロンプトを工夫すればより完成度の高いものを作成することも可能でしょう。

 

数を撃つ

繰り返しになりますが、ChatGPTの文章生成には確率の揺らぎがあります。

そのため、同じプロンプトでも全然違う文章を生成することがある、というか、それが普通で、同じプロンプトで同じ文章が生成される可能性は限りなくゼロに近いと考えた方がいいです。

上で挙げた副業・兼業のプロンプトも、全く同じプロンプトをコピペしたとしても、同じ文章が返ってくることはありません。

なので、一度の指示で完璧なものを求めるのではなく、何度も同じプロンプトを入れたり、プロンプトを微調整したりすると、こちらが望む文章が生成される可能性が高まります。

 

まとめ

むしろ専門家の手助けに。…今はまだ

残念ながら、ChatGPTは常に情報的に正しい文章を作成してくれるわけではありません。

これは、契約書や就業規則等の作成のように、情報の正しさが求められる分野でChatGPTを利用することをためらわせるものです。

しかし、正しい知識を持っている人間、つまり、社労士のような専門家からすると、規定や規則の叩き台をChatGPTに作らせ、ChatGPTの間違いを人間側が訂正しつつ、完成度を高めるということは可能です。

よって、現状のChatGPTは専門家の業務を奪うというより、専門家の業務こそ効率化するものといえるかもしれません。

一方で、今後、文章生成に「ファクトチェック」を組み合わせたAIが現れると、それこそ専門家の領域を脅かす地殻変動が起こる可能性は十分にあるでしょう。

 

今日のあとがき

実は今回の記事のタイトル、「バズるタイトルを教えて」とChatGPT(当然GPT4)に考えてもらった案の中から選びました。

ちなみに自分が付けようと思ってたタイトルは画像に書いてある「ChatGPTを使えば誰でも就業規則を作成できるのか」の方。実際どちらの方がよかったのやら。

あと、今回の記事ではプロンプトについてほとんど触れてませんが、実際にはこのプロンプトこそが「やり込み」部分なので、ここをいかに詰められるかが今後重要となってくるはずで、自分も攻略を進めいたいと思っています。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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