年金・健康保険制度

マクロ経済スライドは「誰にとって」悪魔の仕組みなのか

2016年12月1日

社会保険労務士というと、年金のイメージを持つ方も多いと思いますが、残念ながらわたし、あまり年金が得意ではなくて…。

いや、もちろん最低限の知識は持ち合わせているつもりですが、そちらを専門にやってる方々には到底、足元にも及びません。

そんなわたしなので「年金博士」と呼ばれる方が取材を受けてるこちらの記事にちゃちゃ入れるのは、

ついに“悪魔の仕組み”が発動「年金70歳支給開始」を覚悟せよ

ちょっと恐れ多いというか馬脚を現す可能性があるのですが、ただ、気になる点があったのは確かなので、今日はそれ。

先に言っておきますが、リンク先の記事の内容自体はいたってまとも。

「マクロ経済スライド」の発動により、年金額が実質的に減額となるので、今後はそれに備えた資金運用が重要となる、というのが記事の要旨です。

 

マクロ経済スライドは悪魔の仕組み?

で、気になる点なのですが、この記事では「マクロ経済スライド」のことを「悪魔の仕組み」と形容しています。

でも、本当に誰にとっても「悪魔の仕組み」であるなら、そもそも導入されません。

こうした制度で国民間の公平性が保たれたり、少なからず、この仕組みによって得する人がいたりするから導入されているはずです。

つまり、誰かにとっては「悪魔の仕組み」であっても、誰かにとっては「悪魔の仕組み」ではない可能性がある。

では、マクロ経済スライドは誰にとって「悪魔の仕組み」なのでしょうか。

 

マクロ経済スライド以前は「物価スライド」

実は、マクロ経済スライド発動前に用いられていた「物価スライド」では物価が2%上がれば、年金額も2%上がっていました。

現役世代と高齢者の世代の数が永続的に釣り合うのであれば、これで問題はないでしょう。

しかし、少子高齢化が進む現代の日本では、現役世代は減るのに年金受給者は増えており、現役世代の負担は増えるばかり。

必然、年月が経てば経つほど、将来世代の負担は大きくなります。

物価スライドをこのまま継続する、というのは現役世代や将来世代の負担が増えることを容認することにほかなりませんでした。

 

マクロ経済スライド

一方のマクロ経済スライドでは、例え物価が2%上がっても、年金額の上昇は2%よりも小さくなります。

マクロ経済スライドでは、平均寿命の延びや現役世代の減少を考慮に入れた調整を行い、現役世代や将来世代の負担がこれ以上大きくならないような仕組みになっているからです。

物価が上がっても、年金額に一定の抑止がなされるのであれば、現役世代が減り、年金受給者が増えたとしても、将来世代の負担が突然大幅に増加することはありません。

実は、平成16年から年金の保険料は一定の率で上昇を続け、現役世代の負担は増加の一途でした。

しかし、それも来年(2017年)9月からは固定になるため、これ以上の負担増は法改正等がない限りはありません。

マクロ経済スライドは、将来世代からのこれ以上の負担増加を求めずに、限られた保険料の範囲で年金制度を回していくためのものなのです。

 

誰にとって悪魔の仕組みなのか

さて、マクロ経済スライドは誰にとって「悪魔の仕組み」なのでしょうか。

答えは簡単ですね。

現在、年金を受給している世代ともう少しでもらえる世代です。

一方、若者や将来世代からすると、マクロ経済スライドの発動と来年9月(2017年)の保険料率の固定で負担の増加は食い止められます。

だから、若者や将来世代からみたら必ずしも「マクロ経済スライド」は「悪魔の仕組み」とはいえません。

日本語は主語を省略する言語なので、この辺を曖昧にしてしまうと、特に恐怖を煽るような表現だと「誰にとっても」という印象を与えるのが簡単すぎるのがよくないですね。

でも、曖昧なものをはっきりさせると、上記の記事がどの層に向けた記事なのかがはっきりするでしょ? 若い人はもっと怒った方がいいです。

 

マクロ経済スライドにより将来世代が受けるメリット

もちろん、長期にわたるマクロ経済スライドの発動は若者や将来世代が年金を受給する頃には、今の受給者よりも年金が減っている、ということにつながります。

これでも、将来世代にとって「マクロ経済スライド」は悪魔の仕組みと言えないのでしょうか?

しかし、何十年か後の1万円よりも、今目の前の1万円のほうが価値が高いのもまた事実。

何十年後かの1万円は今は使えず、今に限って言えば何の役にも立ちませんが、今目の前の1万円ならそれを使うことで、ちょっとしたビジネス(せどりがせいぜいかもしれないけど)やスキルアップなどに使え、銀行に預けておけば、雀の涙くらいではあるものの利子もつきます。

(目の前のお金は無為に使われやすい、というデメリットももちろんありますが)

保険料の負担の増加がこれ以上ないということは、こうしたことに使えるお金が今後減ることはない。

つまり、「負担が増えて、将来の年金も変わらない」よりも「負担は変わらず、将来の年金は減る」の方が、将来世代からすると良い、といえる部分がきちんとあるわけです。

 

なにより、物価スライドを続けて、年金財政の悪化に目をつむり続ければ、いつかどこかのタイミングで年金額の大幅な引き下げや、支給開始年齢の繰下げしなければいけないのは明らかで、そうなれば、現在の年金受給者と将来世代の世代間格差は、もうどうしようもないくらいに大きくなります。

そう考えれば、やはり「マクロ経済スライド」は将来世代にとっては「悪魔の仕組み」とは言えないでしょう。

言えないとはいっても、今の年金制度も結構アレなので、せいぜい、悪魔の爪がちょっと丸くなったくらいなのでしょうが。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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