年金・健康保険制度

『「マイナ保険証」のせいで、医療費が「全額自腹」になりかねない』は本当か

2023年5月30日

現行の健康保険証が令和6年秋を目処に廃止されるということで、今後は、いよいよマイナンバーカードによる保険証、いわゆる「マイナ保険証」の活用が進んでいくことでしょう。

ただ、マイナ保険証については、マイナンバーやマイナンバーカードを使うことへの強い抵抗感から、あることないこといろいろ言われているので、今回はこの記事で、マイナ保険証について整理しておこうと思います。

 

マイナ保険証の仕組み

電子証明書によるオンライン確認

マイナ保険証は、従来の紙やプラスチックの保険証をマイナンバーカードに置き換える、というだけのものではありません。

というのも、マイナ保険証では、マイナンバーカードの中に入っている電子証明書を使用し、オンラインで保険に加入しているかを確認できるからです。

病院やクリニックに置かれる専用端末は、この電子証明書を使ってオンラインで加入状況を確認するためのものとなります。

 

オンラインで加入状況を確認するメリット

オンラインで保険に加入しているかどうかを確認できることのメリットとは何でしょうか。

現在の健康保険の仕組みでは、会社が変わると一度、健康保険を抜け、新たに加入手続きしなければなりません。

また、会社を退職後に他の会社に転職しない場合、健康保険から国保に切り替わります。

今までは、このような保険の切り替えが起こる度に保険証の切り替えをしなければならず、一時的に保険証が手元にない、ということが発生していました。

しかし、マイナ保険証の場合、健康保険から健康保険や、健康保険から国保といった切り替えをしても、マイナンバーカードは常に手元にあるため、現在起きているような保険証の物理的な空白は発生しません。

 

 

マイナ保険証と電子証明書

マイナンバーと電子証明書は全く別のもの

マイナ保険証において最もキーとなるのが、マイナンバーカードの中に内蔵された電子証明書です。

勘違いされがちですが、この電子証明書とマイナンバーは全く別のものです。(全く別のものを同じところにまとめているので、様々な誤解を生んでるような気もしますが、全く別のものです)

なにより、電子証明書にはマイナンバーは入っていません。

また、マイナンバーは法律上、その用途や扱える人、組織が厳しく制限されていますが、電子証明書は民間でも活用することができます。

最近だと、チケットの転売対策にマイナンバーカードの電子証明書を使うという話がありましたが、こういうことにも電子証明書は使えるわけです。

 

電子証明書には期限がある

このマイナンバーカード内の電子証明書ですが、5年に一度更新しなければなりません。

当然、この電子証明書の期限が切れ、更新がされないと、そのマイナンバーカードはマイナ保険証として使えません。

 

電子証明書が切れても無保険というわけではない

電子証明書に期限があるということは、電子証明書の期限が切れたらどうなってしまうのでしょうか?

まず、健康保険や国保に加入している人が、電子証明書の期限が切れてマイナ保険証が使えないからといって、保険に入っていないということにはなりません。

電子証明書は、オンラインで保険への加入状況を確認するためのものですから、電子証明書の期限が切れているとその確認ができないにすぎないわけです。

これは、保険には加入しているけど保険証が手元にないという状態と同じで、保険証を紛失したり、加入手続きが終わっていない場合など、マイナ保険証でなくても起こりうる状況です。

なので、電子証明書が切れた状態で病院の診療を受けた場合、保険証が手元にない場合と同じように、一旦医療費を全て払って、後から保険者負担分を現金で返してもらうことができます。

 

 

マイナ保険証の電子証明書が切れてると、急病や突然の事故の際に大金を請求される?

さて、マイナ保険証に関しては、週刊誌のネット記事に以下のような記事が出ていました。

「マイナ保険証」のせいで、医療費が「全額自腹」になりかねない怖すぎる理由

なんでも、電子証明書の期限が切れている状態で、急病や事故に遭った場合、保険に入っていても「無保険」となり、高額の医療費を請求される可能性がある、とのことです。

本当でしょうか?

結論から言うと、嘘ではありません。

しかし、それはマイナ保険証だから起こることでもありません。従来の紙やプラスチックの保険証でも起こることです。

順序立てて説明していきましょう。

 

高額療養費制度

まず、健康保険の仕組みとして、一月の医療費が高額になりすぎる場合、「高額療養費制度」というものが利用可能です。

こちらは一月の医療費が一定額を超えた場合に、その超えた金額が、保険者(けんぽ協会や地方自治体などの保険を運営する者)から支給される制度です。

ただ、高額療養費制度は、支払ったものを後から補填するという制度の関係上、一旦は病院等に高額の医療費を全額自己負担しなければなりません。

後から返ってくるとはいえ、一度は全額医療費を負担しなければならないというのは、被保険者にとって大きな負担です。

 

限度額認定

そのため、健康保険では限度額認定という制度も用意されています。

この限度額認定は、事前に申請を行えば、一月の医療費が一定額を超えた場合に、その額以上自己負担分を支払わなくても良いとされるものです。

支払の段階で上限があるので、高額療養費と比べると、被保険者の負担感は大きく下がります。

ただ、事前の申請が必要ということもあり、手術のための入院などのように、事前に医療費が高額になることが予見される状況でないと使えないというデメリットもあります。

 

電子証明書が切れても無保険というわけではない(2回目)

さて、先ほどの週刊誌のネット記事に話を戻しましょう。

先ほどの週刊誌のネット記事は、電子証明書が切れていると、急病や事故に遭った場合、保険に入っていても高額の医療費を請求される可能性がある、としています。

しかし、電子証明書が切れていても、保険に加入していれば無保険というわけではありません。

電子証明書を通じて、オンラインで加入状況を確認できないにすぎません。

そのため、医療費が高額になった場合、「高額療養費制度」を利用して、後から請求することはできます。

 

急病や事故の前に限度額認定を受けられるか?

また、通常、急病や事故の発生というのは、事前に予見することはできません。

なので、紙やプラスチックの保険証を持っている状態で、急病や事故に遭ったとしても、当然、事前に限度額認定の申請などできないので、一時的に高額の医療費を全額自己負担しないといけません。

つまり、現状の紙やプラスチックの保険証であっても、高額の医療費を請求される可能性はあるわけです。

むしろ、電子証明書の期限が切れた状態で急病や事故に遭うより、よっぽど可能性は高いでしょう。

この事実に触れずに、電子証明書の切れたマイナ保険証では「高額の医療費を全額自己負担しないといけない可能性がある」というのは正しいことでしょうか?

ちなみに、件の記事では「高額療養費制度」にも触れていません。

 

マイナ保険証なら、事前の申請なしに限度額認定を利用可能

しかも、です。

マイナ保険証の場合、事前の申請なしに限度額認定を利用できます。

病院の端末からそうした操作が可能だからです。

つまり、電子証明書が切れていない状態であれば、急病や事故の際も、高額の医療費を全額自己負担しないといけないということはないわけです。

 

 

マイナ保険証で起こりうる労使間のトラブル

大変なのは手続きをする会社側かも

さて、マイナ保険証の大きなメリットの一つは、会社を変わったり国保に切り替わったりする度に、保険証を切り替えなくても良いという点です。

ただ、これはあくまで、社会保険加入喪失手続きがきちんとされていればの話。

なぜならマイナ保険証は、あくまで保険に加入しているかどうかをオンラインで確認するからです。

そのため、会社側の手続きが遅れると、マイナ保険証を持っているにもかかわらず、それが使えない、ということが起こりえます。

現在の保険証に関する手続きでも、新入社員から保険証がなかなか届かない、というクレームが出ることがありますが、今後、マイナ保険証の普及が進めば進むほど、こうしたトラブルは起こる可能性があります。

これは会社の社会保険関係の事務を行う部署に限らず、こうした社会保険の手続きを代行する社会保険労務士にも当てはまる話です。

 

手続きに関する今後の省令改正予定

それもあり、社会保険の加入手続きについていくつか省令改正が予定されています。

  • 資格取得の届出における被保険者のマイナンバー等の記載義務を法令上明確化
  • 保険者によるデータ登録を5日以内とする(現状は保険者のデータ登録の期間の定めはなし。一方、事業主から保険者への届出は5日以内なので、計10日以内)

これらについても、今後の動きに注視する必要があります。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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