労務管理

会社は労働者が壊したものを実費弁償させられるか?

2016年1月29日

昔のドラマやアニメなんかでは、飲食店のアルバイトが皿を割ったりすると、店長が「弁償だ!」と怒鳴るシーンがあったりします。

あるいは感じの悪い店長が「割った分は給料から引いておくから」みたいなこと言うこともあったりしますよね。

人を雇う側からすると、その人を雇うのにお金(給与)を払ってるのに、その人のミスのせいでさらにお金を払わないといけないわけですから、気持ちはわからないわけではありません。

しかし、フィクションの世界ならともかく、現実の世界では、会社が労働者に壊したもの実費弁償させることは難しいと考えた方が良いでしょう。

 

労働者のミスは会社のミスでもある

なぜなら、労働者のミスは会社のミスでもあるからです。

どういうことかというと、人を雇うということは、人を使って利益を得るということでもあります。

そのため、人を雇う側、使用者側には「報償責任」というものが発生するのです。

報償責任というのは、人を使って利益を得る側が、その損失についても負担しないといけない、という考え方です。

人に命令して利益というの名の美味しい蜜だけ吸って、いざその人がミスして皿を割ったりしたときには、その皿の分のお金を弁償させる、というのは誰がどう考えても理不尽ですからね。

だから、労働者のミスというのは、会社のミスでもあり、会社はそのミスによる損失を負担する責任を負っているわけです。

 

損害賠償を請求することは(一応)可能

とはいえ、会社の備品を壊した労働者に対して、会社が何もできないかといえば、そういうわけではありません。

報償責任があるからといって、労働者のすべてのミスとそれに伴う損害を会社が負担しないといけないわけではないからです。

なので、損害を受けた会社側が損害を与えた労働者に対して、損害賠償を請求すること自体は可能です。

ただし、制限はあります。

 

労働基準法16条:賠償予定の禁止

あらかじめ損害賠償額を決めておくのはダメ

まず、労働基準法では「賠償予定の禁止」といって、あらかじめ損害賠償を定めた契約を禁止しています。

(賠償予定の禁止)
第十六条  使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

例えば、「会社の備品を壊したら罰金10万円」みたいな契約は違法なわけです。サッカー選手のように労働契約を解約するための違約金を定めるのもアウトです。

ただし、「会社の備品を壊したら損害賠償を求めることがある」という契約は有効で、なぜなら、この場合、罰金10万円というような形で損害賠償の額自体は決まっていないからです。

これを、実費弁償の話に当てはめると、「実費」ということでまず、金額が決まっていると考えられます。

そのため、例えば、労働契約や就業規則に「実費弁償の規定をあらかじめ定めておくこと」は労働基準法違反になると考えられます。

逆にいうと、規定に「実費」とは定めずに、事例ごとに実費弁償を求めること自体は問題ないように思えますが、それが可能かどうかはまた別問題です。

 

実際の損害の4分の1が相場

報償責任の分、損害賠償の金額は差し引かれる

というのも、すでに述べたとおり、会社には「報償責任」があります。

報償責任がある、つまり、会社側にも責任があるということは、その責任の分だけ損害賠償の金額は差し引いて考えなければなりません。

交通事故でも10:0なら10側が全額負担ですが、7:3や6:4の場合はお互いで割合分を負担するのと同じです。

 

報償責任を差し引いた損害賠償の相場は損害額の4分の1

では、報償責任によって差し引かれる割合は何を基準にしているかというと、主に以下のものとなります。

  1. 会社の事業の性格や規模
  2. 施設の状況
  3. 労働者の業務内容・労働条件・勤務態度
  4. 労働者の加害行為の内容
  5. 労働者の加害行為への、会社の予防措置

上記の項目を考慮に入れた上で、「会社と社員が損害を公平に分担するという観点から相当と認められる限度」でのみ、会社側は労働者に対し損害賠償の請求が可能となるわけです。

そして、損害賠償を請求するのが相当と認められる限度の相場は、実際の損害額の4分の1が相場なので、いずれにしても実費弁償は難しいでしょう。

 

減給処分する際にも注意が必要

また、備品を壊したことへの懲戒処分として、損害賠償を求めるのではなく減給を行う場合も注意が必要です。

労働基準法91条にあるとおり、平均賃金の半額以下、または、1ヶ月の給与(週給の場合は1週間、日給の場合は1日)の10分の1以下までと定められているからです。

(制裁規定の制限)
第九十一条  就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

つまり、1ヶ月の給与が22万円で、就業日数が22日(日給換算すると1日1万円)の労働者の場合、減給できるのは1日5千円です。

この場合も、例え、壊したものの金額がたいしたことなく、労働基準法の定める範囲の減給で実費弁償が可能だったとしても、実費弁償分の減給を行うことは避けた方がいいでしょう。

減給分で収まるほどの小さな損害に対して減給処分を行うことについて、客観的合理的な理由があり、社会的通念上相当といえない可能性があるからです。

ただし、そうした行為が何度注意しても繰り返し行われる場合は別で、繰り返し行われる、という点が懲戒処分を重くする根拠となり得ます。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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