従業員の退職後、離職票を送付したところ「退職理由が違う!会社都合に変更してほしい」と連絡を受けた経験はありませんか?
実は、このような退職理由をめぐるトラブルは、多くの企業で発生しています。
この記事の目次
1. 退職理由をめぐるトラブルは意外と多い
このようなトラブルが起きる一番の要因は、退職者本人は「辞めさせられた」と認識しているのに対し、会社側は「自己都合で辞めた」と考えているケースです。
つまり、双方の認識のズレによるもの。
このような認識のズレは、退職時のコミュニケーション不足や、双方の解釈の違いによって生じることがあります。
例えば、上司が「この仕事は向いていないんじゃないか」「もっと合う職場があるんじゃないか」といった発言を繰り返し、それを受けて本人が退職を決意した場合、本人は「辞めさせられた」と感じる一方、会社側は「自分から辞めた」と認識することがあるわけです。
2. 退職届に自己都合と書いてあっても会社都合として扱われる場合がある
そして、会社として、注意しないといけないのは、労働者が退職届に「自己都合」と書いてきたからといって、それが絶対に自己都合退職になるわけではないことです。
例えば、退職勧奨の場合、会社が意図してこれを行った場合、会社都合となります。
パワハラやセクハラなどで労働者が辞めた場合も、会社が十分な措置を行っていない場合は会社都合となる点に注意が必要です。
| 状況 | 退職理由 | 備考 |
| パワハラやいじめ | 会社都合 | 会社が十分な措置をしていない場合 |
| セクハラやマタハラ等 | 会社都合 | 会社が十分な措置をしていない場合 |
| 労働者側に落ち度がない退職勧奨 | 会社都合 | 恒常的に設けられている早期退職優遇制度は該当しない |
| 会社の業務が法令に違反したため離職した者 | 会社都合 | ー |
| 会社経営の悪化や事業の縮小 | 会社都合 | 事業所が亡くなった場合の他、会社都合の休職が3か月以上続く場合もこれにあたる |
| 賃金の遅配や賃金の大幅な減額 | 会社都合 | ここでいう遅配とは賃金の3分の1以上が支払日までに支払われなかった場合、大幅な減額はそれまで支払われていた額の85%未満になること |
3. 労使双方の経済的理由で揉める場合も
一方で、認識のズレではなく、労使双方の経済的な利害によって、両者の意見が食い違うこともあります。
この場合、多いのが、会社は自己都合退職にしたいけど、労働者は会社の都合で辞めさせられた、としたいケースです。
3.1. 会社側の事情
では、なぜ会社側は労働者に自己都合で辞めもらいたいかというと、解雇扱いにすると助成金が受給できなくなる可能性があるからです。
というのも、雇用関係助成金の多くは、一定期間内に解雇等をしていないことが条件となっています。
そのため、もし退職理由を会社都合退職(つまり、解雇)にした場合、助成金の申請ができなくなってしまうわけです。
また、当然ですが、本当は会社都合退職なのに自己都合退職とした場合のように、離職理由に虚偽があるにもかかわらず助成金を受給した場合は不正受給に当たります。
3.2. 退職者側の事情
一方、退職者側が、会社都合で辞めたい理由は、会社都合の退職だと失業手当が有利になるから。
通常の自己都合退職の場合、失業手当がもらえるまでに「給付制限期間」を経ないといけませんが、会社都合の場合はこれが免除され、すぐに失業手当を受給できるようになります。
その上、勤続年数によっては、給付日数も自己都合より多くなる場合がある。
| 区分 | 給付開始までの待期 | 給付日数 |
| 自己都合退職 | 待機期間7日+給付制限期間1か月~3か月 | 90日~150日 |
| 会社都合退職 | 待機期間7日 | 90日~360日 |
参考:基本手当の所定給付日数|ハローワークインターネットサービス
このように、お互いに自分にとって有利な退職理由を主張したいという構図があるわけです。
4. 虚偽の届出は絶対にNG!
ただ、退職者から強く要請、あるいは懇願されたとしても、実際には自己都合退職であるにもかかわらず、会社都合として届け出ることは絶対に避けるべきです。
例えば、「うちは助成金もらう予定がないから」といって、自己都合退職を会社都合退職に変更してしまったとします。
でも、もし退職者が悪意のある人間だった場合、会社都合として処理してもらった後、「あれは実は不当解雇だった」として労働裁判を起こしてくる可能性はあります。このとき、会社都合として処理した離職票の記録が、逆に会社側にとって不利な証拠となってしまう、となったら後悔してもしきれませんよね。
そこまで、悪意のある人間は稀であったとしても、そもそも、離職理由を偽った届出は雇用保険法違反に該当する可能性があります。
5. 実際に退職理由を変えてほしいといわれたら
では、実際に「退職理由を変えて欲しい」と退職者から言われたら、会社はどう対応すれば良いのでしょうか。
まずは、退職の経緯や事実関係を確認する必要があります。具体的には「本当に本人が退職を申し出たのか?」「退職の前後で、上司や同僚とトラブルはなかったか?」といった点です。「退職の前後で、上司や同僚とトラブルはなかったか?」を確認する理由は、冒頭でも述べたとおり、実は上司や同僚から退職勧奨に近いことを言われていた可能性があるからです。
また、メールや面談記録など、退職に至るまでのやり取りが残っている場合、それらの確認も必要でしょう。
逆にいうと、こうしたこれらの記録が無い場合、後から「言った」「言わない」の争いになりやすいといえます。
6. トラブルを防ぐには「制度と書類の整備」が重要
特に企業規模が小さい会社の場合、社員と社長(もしくは労務担当者)の距離が近く、退職理由を変えてほしいというのを言いやすいのか、こうした退職トラブルが起きやすいに感じます。また、就業規則や運用ルール(人事制度)の整備が不十分な会社でも、同様に起こりやすい傾向があります。
そのため、こうしたトラブルを避けるには、以下のように、普段から退職手続きについて整備しておくことが重要です。
① 退職の意思表示の有無を確認する
→ 退職届・メール・チャット等の記録はあるか?
② 退職に至る経緯を確認する
→ 面談記録、評価記録、業務指導の履歴があるか?
③ ハラスメント・退職勧奨の有無を確認する
→ 本人の申告だけでなく、第三者の証言や相談履歴も確認
④ 判断に迷う場合は、ハローワークへ照会する
→ 会社だけで判断しないことがリスク回避につながる
従業員が辞めたときのことを考えるのは、あまり気分が良いものではないかもしれませんが、備えあれば憂いなし、です。
6.1. 退職トラブルを防ぐために残すべき記録例
以下は上記で述べている、退職トラブルを防ぐための記録の例です。
| 書類・記録 | なぜ必要か | 最低限のポイント |
|---|---|---|
| 退職届 | 退職が本人意思かを示す | 自筆・署名・日付必須 |
| 退職面談記録 | 認識のずれをなくす | 「本人の発言内容」をそのまま記録 |
| 業務指導・注意記録 | 「退職勧奨」扱いを避ける | 感情的表現を避け、事実だけを書く |
| メール / チャット履歴 | 証拠の裏付けになる | 退職前後のやりとりを保存 |
7. よくある質問
7.1. Q1. 退職届に「自己都合」と書いてあれば、必ず自己都合退職になりますか?
A. いいえ、なりません。
退職届の文言はあくまで一要素であり、退職に至るまでの 実質的な経緯 によって判断されます。上司からの退職勧奨や、ハラスメント等の事情があれば、会社都合退職と判断される場合があります。
7.2. Q2. 離職理由の変更で、判断に迷った場合はどうすれば良いですか?
A.ハローワークに任せてしまうのも手です。
退職理由について労使で争いがある場合、会社はその事情をハローワークに説明することができます。労使双方の意見を聞いて、最終判断はハローワークが行うため、会社側が一方的に責任を負うことはありません。判断に迷う場合は、まず記録を整理したうえで、ハローワークに照会することが安全です。
8. まとめ
退職理由の取り扱いは、労働者・企業双方に金銭的影響がある繊細な問題です。
「相手に言われたから」「トラブルになりそうだから」と安易に会社都合に変更することは、後々のリスクを増やす行為になります。
川嶋事務所では、退職トラブルを未然に防ぐ就業規則や人事制度の整備サポートを行っています。
退職対応に不安がある場合、お気軽にご相談ください。