賃金

社員に「給料を前借りしたい」と言われたら【名古屋の社労士が解説】

2025年11月4日

「今月、生活がちょっと厳しくて…」

最近の急激な物価の上昇もあって、社員から給与の前借りのお願いをされる社長さんも増えているんではないでしょうか。

しかし、会社としては「助けてあげたい気持ちはあるけど、他の社員との公平性もあるし…」と判断が難しい場面かと思います。

では、会社はこうした依頼を断ってもいいのでしょうか?

 

1. 「前借り」と「前渡し」は似て非なるもの

まず整理しておきたいのが、「前借り」と「前渡し」の違いです。

区分  内容  法的扱い
前渡し すでに働いた分を支払う 賃金(労働基準法の対象)
前借り  まだ働いていない分を貸す  会社からの「金銭の貸付」

実務上はどちらも「前借り」と呼ばれますが、法律上は全く別の扱いになります。

そして、この違いが「断っていいかどうか」の判断を分けます。

 

2. どんな場合に前渡しを断れない?「非常時」の範囲とは?

まず、労働基準法第25条に以下のように定められています。

(非常時払)
第二十五条 使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であつても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない。

出典:労働基準法 | e-Gov 法令検索

つまり、すでに働いた分(=前渡し)については、出産・病気・災害などのやむを得ない非常時には、会社は支払いを拒否できないわけです。

一方で、「家賃が払えない」「クレジットの支払いがある」といった理由は、原則として「非常時」には該当しません。

とはいえ、支払ってはいけないわけではないので、こういったケースでは会社が任意で対応するかどうかを判断できます。

 

3. 社員にお金を貸す義務はある?「前借り」は断っていいのか?

一方、まだ働いていない分の給与を先に渡す「前借り」については、会社に支払い義務は一切ありません。

仮に貸したとしても、給与から差し引けば良いと考えるかもしれませんが、これはもっとダメ。

なぜなら、労働基準法第17条では、以下のように、貸したお金を後から給与から差し引くことを原則禁止しているからです。

(前借金相殺の禁止)
第十七条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

出典:労働基準法 | e-Gov 法令検索

これは、労働者を借金で縛りつけることを防ぐためのルールです。

そのため、貸した分を回収しづらいこともあり、実務的には「会社としてお金を貸すのは避ける」のが賢明です。

 

4. 「人情」で動くとトラブルになる

ここまででわかるとおり、前借り自体がダメ、ということはありません。

ただ、前借りに関する会社の対応が場当たり的だと「Aさんには貸したのに、Bさんはダメなの?」という公平性の問題が生じます。

また、一度前例を作ると、他の社員にも同様の期待が広がり、経営者や人事担当者のストレス要因にもなりかねません。

 

5. 「前借り」トラブルを防ぐ「ルール設計」を

こうしたトラブルを防ぐには、就業規則や社内規程にルールを明記しておくことが重要です。

たとえば、次のような形が考えられます。

  • 「賃金の前渡しは、本人の申し出および会社の承認をもって、非常の場合に限り認める」
  • 「前借り(未労働分の貸付)は行わない」
  • 「貸付を行う場合は、別途契約書を作成し、返済方法を明確にする」

このように制度化しておくことで、「人情対応」を「公平な仕組み」に変えることができるわけです。

 

6. 前借りトラブルは対岸の火事ではない?

ちなみに、2021年の民間の調査では「20代会社員男性の31%が給料前借りをしたいと思ったことがあり、8%が実際にした」という結果もあります。

冒頭で述べたとおり、近年は急激に物価が上昇しているため、今より増えている可能性は高い。

よって、特に若い男性社員がいる会社では、特にこうした前借りのルール化が求められるといえるでしょう。

 

7. 名古屋の中小企業向け:ルールで守る経営を

川嶋事務所では、名古屋エリアを中心に

  • 賃金・貸付・就業規則の整備支援
  • トラブルを防ぐ社内ルールづくり
  • 人事制度の見直しと労務リスク対応

を行っています。

「社員から頼まれたけど、どう断ればいいか分からない」「人情とルールのバランスを取りたい」

そんなときは、ぜひご相談ください。

会社と社員、どちらも守る仕組みづくりをお手伝いします。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。 「会社の成長にとって、社員の幸せが正義」をモットーに、就業規則で会社の土台を作り、人事制度で会社を元気にしていく、社労士兼コンサルタント。 就業規則作成のスペシャリストとして豊富な人事労務の経験を持つ一方、共著・改訂版含めて7冊の著書、新聞や専門誌などでの寄稿実績100件以上あり。

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