年金・健康保険制度

在職老齢年金は本当に働けば働くほど損なのか、実際に計算してみた

2019年12月5日

在職老齢年金とは

在職老齢年金とは、会社に雇用されて働きながら年金をもらう場合に、その年金額を調整(一部減額または全額支給停止)する制度です。

年金額の調整は、会社からもらっている賃金額を基に計算するので、60歳以降の年齢になってようやく年金がもらえる、と思っても、会社からもらってる賃金が一定の額よりも多いと、年金が減額されたり全くもらえなくなる可能性があるわけです。

また、在職老齢年金は60歳以降で65歳になる前と、65歳以降で制度の内容に違いがありますが、今回は65歳以降の在職老齢年金について解説していきます。

 

在職老齢年金に対する勘違い

在職老齢年金というと「働けば働くほど年金が減る」というイメージが先行しすぎて、「働けば働くほど損する」制度、というイメージが強くあります。

確かに「働けば働くほど年金が減る」というか、「賃金が増えれば増えるほど年金が減る」のは確かです。

しかし、「働けば働くほど損する」、「賃金が増えれば増えるほど損する」かというと、必ずしもそうは言い切れません。

なぜなら、例え、年金額が減ったとしても、賃金と年金を合わせた総収入額は、賃金が増えれば増えるほど、増えるからです。

以下では、その説明をしていきますが、細かな計算に興味のない方は、この記事の後半のモデルケースと表を見ていただければと思います。

 

在職老齢年金の計算方法

「年金額が減ったとしても、賃金と年金を合わせた総収入額は、賃金が増えれば増えるほど、増える」ことを理解するために、ここでは在職老齢年金の計算方法について解説したいと思います。

 

用語解説

在職老齢年金に限らず、年金には難しい専門用語がいくつもあるので、計算方法の前に、ここで用語の解説をしておきます。

難しい専門用語を覚えるのは嫌、という人は、以下の二つだけ覚えて、次の計算方法まで飛んでください。

「標準報酬月額相当額」:月々の賃金額+年間の賞与を12で割った額

「基本月額」:年金の額を月額に直したもの

 

標準報酬月額相当額

標準報酬月額相当額とは、労働者が会社からもらっている毎月の賃金額の指標のようなもので、以下のように計算します。

(その月の標準報酬月額)+(その月以前1年間の標準賞与額の合計) ÷12

 

標準報酬月額とは、社会保険で、社会保険料や年金額の決定に使うものです。原則、その年の「4月、5月、6月」の賃金から算出します。

標準賞与額とは、賞与のことです。

社会保険では、賞与にも社会保険料がかかる代わりに、年金額にも反映されるので、社会保険料や年金額に反映される額の上限額が決まっている関係で、賞与のことを標準賞与額と言います。

長々と説明しましたが、標準報酬月額相当額はだいたい「毎月の賃金額」に「年間の賞与を12で割った額」を足した額となります。

 

基本月額

基本月額とは、加給年金額を除いた老齢厚生(退職共済)年金の報酬比例部分の額を、月額に直したものです。

老齢厚生年金は基礎年金部分と報酬比例部分に分かれており、基礎年金部分はいわゆる国民年金に当たります。そして、この基礎年金部分はどのような場合も調整の対象とはなりません。

一方の報酬比例部分とは、過去の保険料から年金額を計算したものとなります。

この厚生年金の報酬比例部分が、在職老齢年金で調整される年金額となります。

 

在職老齢年金の計算方法

「標準報酬月額相当額」と「基本月額」の合計が「47万円」かどうか

在職老齢年金(65歳以降)では、まず、「標準報酬月額相当額」と「基本月額」の合計が「47万円」を超えるかどうかをみます。

この「47万円」という額は、毎年の物価変動等により、1万円単位で変更が行われる可能性があるので注意が必要です(実際、今年の3月31日までは46万円となっていました)。

「標準報酬月額相当額」と「基本月額」の合計が「47万円」以下であるなら、支給調整はなし。年金は満額もらえます。

一方、47万円を超える場合は年金額の調整が行われます。

 

在職老齢年金(65歳以降)の計算式

「標準報酬月額相当額」と「基本月額」の合計が「47万円」を超える場合、以下の計算式で年金額を計算します。

基本月額-(基本月額+総報酬月額相当額ー47万円)÷2

 

上記の式によって算出された額が実際に支払われる年金額となります。

この記事の後半では、モデルケースを交えて、実際にこの式を用いて計算をしているので、そちらもご覧ください。

 

加給年金との関係

65歳未満の年下の配偶者または18歳未満の子(障害を持つこの場合20歳未満)がいて、被保険者期間など一定の基準を満たす場合、厚生老齢年金には加給年金というものが付きます。

対象者加給年金額年齢要件
配偶者224,500円65歳未満であること
1人目・2人目の子各224,500円18歳到達年度の末日までの間の子、または1級・2級の障害の状態にある20歳未満の子
3人目以降の子各74,800円18歳到達年度の末日までの間の子、または1級・2級の障害の状態にある20歳未満の子

この加給年金、厚生老齢年金の報酬比例部分が全額支給停止となると、加給年金も全額支給停止となってしまいます。

一方で、少しでも報酬比例部分が支払われているのであれば、加給年金も支給されます。

よって、全額停止になるほどの収入があって、加給年金も支給されるという場合は注意が必要です。

 

モデルケースから実際の額を計算

では、実際に65歳以降の在職老齢年金を計算してみましょう。

以下ではあえて難しい専門用語は使わずに解説していますが、実際には、賃金額という場合は標準報酬月額相当額であり、年金額という場合は基本月額となります。

 

月々の年金額:20万円で計算

今回計算するモデルケースは「年金額:月20万円」の人とします(そんな人なかなかいませんが)。加給年金は支払われていません。

月20万円なので、この人の月々の賃金額が賞与含め「27万円以下」であるなら、年金が減額されることはありません。

月々の賃金額がちょうど27万円なら、年金額の20万円と合わせて、月の総収入額は「47万円となります」

 

47万円を超えても総収入は増える

では、27万円を超えた場合、例として月々の賃金が「28万円」となる場合はどうでしょうか。

先ほどの式に当てはめて計算すると以下のようになります。

20万円-(20万円+28万円-47万円)÷2=19万5千円

 

年金額が19万5千円ということは、本来の年金額よりも5千円マイナスされていることになります。

ただし、総収入で考えれば、この年金額と賃金額「28万円」を足した「47万5千円」となるため、年金が減額されないよう賃金を「月27万円」に抑えるよりも、総収入は多くなります。

 

年金額そのまま、賃金額を1万円ずつ増やした場合のシミュレーション

以下の図は年金額そのまま(月額20万円のまま)、賃金額を1万円ずつ増やした場合のシミュレーションです(表の数字の単位はすべて円)。

賃金額在職老齢年金で実際に支給される年金額年金が減額された額年金と賃金を合わせた月々の総収入額
2600002000000460000
2700002000000470000
280000 1950005000475000
29000019000010000480000
30000018500015000485000
31000018000020000490000
45000011000090000 560000
46000010500095000565000 
470000100000100000570000
48000095000105000575000
49000090000110000580000
63000020000180000650000
64000015000185000655000
65000010000190000660000
6600005000 195000665000
6700000200000670000

 

賃金額が増えれば増えるほど(図の右端の数字)、減額される年金額(図の赤の数字)は増えるのがわかります。

一方で、年金と賃金を合わせた総収入額は、賃金が増えれば増えるほど、総収入額(図の左端の青の数字)も増えているのもわかると思います。

47万円の基準を超えて賃金額が上がる場合、上がった賃金額の半分が減額されるよう計算式が作られているので、賃金額1万円増えるごとに年金額が5千円減る(逆の言い方をすると総収入額が5千円増える)ようになっているからです。

 

まとめ

以上のことからわかるとおり、在職老齢年金が適用される場合、働けば働くほど確かに年金額は減ります。

一方で、賃金額と年金額を合わせた総収入額が減るということは、加給年金が支給される場合は別にして、原則ありません。

「総収入額は関係ない、年金が減ること自体が損なんだ」という人がいるのなら、そういう人はもうしょうがないですが、それはあくまで精神的に損と感じるだけであって、実際の懐まで損しているわけではないことを、事実としてここに書き留めておきましょう。

だいたい、65歳以降の在職老齢年金で年金が減額される人って、かなり限られているのに(言ってしまえばかなり選ばれた人)、それでも文句を言う人がいる、というのは何というか人の業を感じざるを得ません。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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