労働時間

Q2 労働時間はなぜ1日8時間1週40時間までと決まっているのでしょうか?

2016年7月14日

A2 長い労使間の闘争の歴史により現在のルールが確立されました

1日の労働時間に制限はなかった

産業革命当時、労働者の労働時間は10時間から16時間もあり、休みも1日しかなかったそうです。

こうした環境で働くことは人間にとって良くないということで1810年、イギリスの実業家ロバート・オーウェンは自身の経営していた工場で「1日10時間労働」を実践。

その後、1817年には1日8時間労働を新たな目標とし、「仕事に8時間を、休息に8時間を、やりたいことに8時間を」のスローガンを作り出し、その後の資本階級と労働階級の闘争に大きな影響与えました。

 

1日8時間が法制化されたのは20世紀に入ってから

しかし、法制度として「1日8時間労働」が法定化されたのはそれから100年後の1917年の、ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国が初。

その2年後に、国際労働機関(ILO)第1回総会で「1日8時間・週48時間」という労働制度を定め、国際的労働基準が確立されました。

また、日本で1日8時間労働が法定化されるのは、戦後である1947年の労働基準法の制定まで待たねばなりません。

 

週40時間の先駆けはフォード

では、週40時間についてはどうでしょうか。

すでに、見たように、国際労働機関(ILO)第1回総会の段階では、週の労働時間は「48時間」とされていました。

週40時間の先駆けとなったのはアメリカの大手自動車メーカー・フォードといわれています。

フォードの創設者のヘンリー・フォードは「労働者の余暇時間を増やすことは、消費の拡大と生産の拡大をもたらす」と考え、週休2日制を採用しました。

そして、フォードの週休2日制採用と合わせるように、時代は世界恐慌。

このとき、週休2日制によって、工場の操業時間の短縮したいと考える経営者が増えたこともあり、週休2日制は定着、1938年には連邦公正労働基準法によって週40時間が原則とされました。

 

週40時間が日本で一般化されたのは平成になってから

ここまででは海外の制度について見てきましたが、では、日本についてはどうでしょうか。

戦前の日本企業は1日8時間労働をさせる企業自体は存在したものの、法制化はされていませんでした。

そして、すでに述べたように1947年に制定された労働基準法によって1日8時間労働が法制化されたわけですが、この時点では、週の法定労働時間は48時間とされていました。

実は、労働基準法制定当初から週40時間とする案はあったのですが、当時は終戦直後。法定労働時間を週40時間としてしまうと復興が進まない懸念があったため、このときは週48時間とされたわけです。

その後、実に40年ものあいだ週の法定労働時間は48時間だったのですが、昭和62年の改正でついに週40時間労働を目標化が定められました。背景には「国際社会における我が国の地位にふさわしい労働時間の水準とする必要性が増大」があったからとされています。

さらにそこから段階的な法改正が行われ、ついに平成6年より週40時間が週の法定労働時間の原則となりました。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所(名古屋)の代表。 人事労務と無関係に暮らしてたはずが、社労士だった叔父の病気を機に猛勉強。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」など専門誌への寄稿、中日新聞での短期連載など、メディアでの執筆実績も多数

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