今回は変更された過労死等(脳・心臓疾患)の労災認定の基準を解説していきます。
脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました(厚生労働省)
過労死等(脳・心臓疾患)の労災認定の基準の主な変更点
今回、基準が見直され変更された点は以下の通りです。
■長期間の過重業務の評価に当たり、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合評価して労災認定することを明確化
■長期間の過重業務、短期間の過重業務の労働時間以外の負荷要因を見直し
■短期間の過重業務、異常な出来事の業務と発症との関連性が強いと判断できる場合を明確化
■対象疾病に「重篤な心不全」を追加

脳・心臓疾患の労災認定基準の改正概要(リンク先PDF 出典:厚生労働省)
「長期間の過重業務」「短期間の過重業務」「異常な出来事」
変更点だけを見ても、何が何だか、となる人も多いと思うので、まずは脳・心臓疾患の労災の認定基準の基本的なことから解説していきます。
実は、脳・心臓疾患の労災の認定基準については、3つの労働災害に分けた上で、それぞれ基準が設けられています。
そしてこ、れら3つは主に発症前の期間の長短やその他の事情によって分けられています。
3つの労働災害及び発症前の期間については以下の通りです。
| 発症前の期間 | 発症との関連 | |
| 異常な出来事 | 24時間以内 | 発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと |
| 短期間の過重業務 | おおむね1週間以内 | 特に過重な業務に就労したこと |
| 長期間の過重業務 | 6か月以内 | 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと |
長期間の過重業務とは
長期間の過重業務とは脳・心臓疾患の発症前6か月以内に「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」があった場合をいいます。
「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」と言われても、ピンとこないかもしれませんが、評価基準ではこのあたりも以下のようにきちんと明文化されています。
(1) 疲労の蓄積の考え方
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には、「疲労の蓄積」が生じ、これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ、
その結果、脳・心臓疾患を発症させることがある。
このことから、発症との関連性において、業務の過重性を評価するに当たっては、発症前の一定期間の就労実態等を考察し、発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。(2) 特に過重な業務
特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり、日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。ここでいう日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。
ただ、実務においてはこの辺は正直、全然重要じゃないので、この文章が社労士試験の選択式に出て泣きを見たくない、という人以外は読み飛ばしても良いところだったりします。
「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」があったかどうかの判断
「著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務」があったかどうかの判断は、以下のように行うとしています。
ただ、これもちょっと長いので、労働基準監督官になりたい人以外は、全部読んで理解しようとする必要はありません。
ただし、以下の内容のうち、3.の「以下に掲げる負荷要因」については、非常に重要な部分なのでこの後の項で詳しく解説していきます。
- 著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。ここでいう同種労働者とは、当該労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいい、基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できるものを含む。
- 長期間の過重業務と発症との関係について、疲労の蓄積に加え、発症に近接した時期の業務による急性の負荷とあいまって発症する場合があることから、発症に近接した時期に一定の負荷要因(心理的負荷となる出来事等)が認められる場合には、それらの負荷要因についても十分に検討する必要があること。
すなわち、長期間の過重業務の判断に当たって、短期間の過重業務(発症に近接した時期の負荷)についても総合的に評価すべき事案があることに留意すること。- 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、疲労の蓄積の観点から、以下に掲げる負荷要因について十分検討すること。
「労働時間」と「労働時間以外」の負荷要因
なぜ、「以下に掲げる負荷要因」が重要かというと、結局、この負荷要因こそが「どういったことがあった場合に労災と認められるか」の具体的な基準となっているからです。
そして、この負荷要因は大きく分けて「労働時間」と「労働時間以外」の2つがあります。
労働時間の負荷要因
このうち、長期間の過重業務における「労働時間」に関する負荷要因こそが、以下の通り、世間一般でもよく知られている「過労死ライン」と呼ばれるものです。
「過労死ライン」については以下の通りです。
- 発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は、業務と発症との関連性が弱いが、おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
- 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できる
「長期間の過重業務」における基準の変更点(今回の変更点①)
実は、今回の基準の変更では過労死ラインについて変更はありません。
ただ、以前の労災の認定基準では、過労死ライン、特に上記の2.を下回る場合の扱いが不明確で、基準をわずかに下回ってると、それを理由に労災と認められない可能性がありました。
そのため、今回の基準の改正で、上記の基準を下回る場合も、他の労働時間以外の負荷要因を総合考慮することが明記されました。
労働時間以外の負荷要因(今回の変更点②)
では、労働時間以外の負荷要因とは何かというと、具体的には以下の通りとなります。
(ア)勤務時間の不規則性
a 拘束時間の長い勤務
b 休日のない連続勤務
c 勤務間インターバルが短い勤務
d 不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務
(イ)事業場外における移動を伴う業務
a 出張の多い業務
b その他事業場外における移動を伴う業務(以前の基準の「時差」を発展させたもの)
(ウ)心理的負荷を伴う業務(以前の基準の「精神的緊張を伴う業務」を発展させたもの)
(エ) 身体的負荷を伴う業務
(オ)作業環境(他の項目と違い付加的にこうr)
a 温度環境
b 騒音
この労働時間以外の負荷要因の項目やその内容も、今回の基準変更によって変更された部分となります。
例えば、「勤務間インターバルが短い勤務」については今回新しく追加されたものであり、例え勤務間インターバル制度を導入していたとしても勤務間のインターバルが「おおむね11時間未満の勤務」であったり、その頻度が多かったりする場合は労働時間以外の負荷要因となりうるとしています。
上記の表のうち、太字部分が以前の基準から新たに追加されたものですが、それ以外の項目についても、具体例等の追加がされるなど、より基準が明確化されています。
厚生労働省が公表している認定基準を貼っておくので、気になる方は一度確認してみるのも良いでしょう。
血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について(リンク先PDF 出典:厚生労働省)
短時間の過重業務とは
短期間の過重業務とは、脳・心臓疾患の発症前おおむね1週間以内に「特に過重な業務」があった場合をいいます。
ここでいう「特に過重な業務」とは以下の通りですが、内容は前回の記事でみた(そして、読み飛ばしてしまって構わないと書いた)長期間の過重業務における「特に過重な業務」と同じです。
特に過重な業務
特に過重な業務とは、日常業務に比較して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいうものであり、日常業務に就労する上で受ける負荷の影響は、血管病変等の自然経過の範囲にとどまるものである。ここでいう日常業務とは、通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。
「過重な業務」があったかどうかの判断
短期間の過重業務における「特に過重な業務」があったかどうかの判断は、以下のように行うとしています。
- 特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては、業務量、業務内容、作業環境等を考慮し、同種労働者にとっても、特に過重な身体的、精神的負荷と認められる業務であるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
- 短期間の過重業務と発症との関連性を時間的にみた場合、業務による過重な負荷は、発症に近ければ近いほど影響が強いと考えられることから、次に示す業務と発症との時間的関連を考慮して、特に過重な業務と認められるか否かを判断すること。
① 発症に最も密接な関連性を有する業務は、発症直前から前日までの間の業務であるので、まず、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
② 発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合であっても、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合には、業務と発症との関連性があると考えられるので、この間の業務が特に過重であるか否かを判断すること。
なお、発症前おおむね1週間以内に過重な業務が継続している場合の継続とは、この期間中に過重な業務に就労した日が連続しているという趣旨であり、必ずしもこの期間を通じて過重な業務に就労した日が間断なく続いている場合のみをいうものではない。したがって、発症前おおむね1週間以内に就労しなかった日があったとしても、このことをもって、直ちに業務起因性を否定するものではない。- 業務の過重性の具体的な評価に当たっては、以下に掲げる負荷要因について十分検討すること。
前回の記事でみた「長期間の過重業務」よりもさらに長いので、やっぱり労働基準監督官になりたい人以外は、全部読んで理解しようとする必要はありません。。
ただ、前回と同様、以下の内容のうち、3.の「以下に掲げる負荷要因」については、非常に重要な部分なのと、今回の基準の変更の変更部分を含むため、この後の項で詳しく解説していきます。
短期間の過重業務における負荷要因(今回の変更点①)
過重業務を判断する際の負荷要因が「労働時間」と「労働時間以外」の2つに分けられるのは、「長期間の過重業務」の場合と同様です。
そして「短期間の過重業務」における、労働時間の負荷要因については、「長期間の過重業務」の過労死ラインのような明確な時間数はなく、以下の観点から業務と発症との関係性等を踏まえて判断するとしています。
労働時間の長さは、業務量の大きさを示す指標であり、また、過重性の評価の最も重要な要因であるので、評価期間における労働時間については十分に考慮し、発症直前から前日までの間の労働時間数、発症前1週間の労働時間数、休日の確保の状況等の観点から検討し、評価すること。
その際、①発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合、②発症前おおむね1週間継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合等(手待時間が長いなど特に労働密度が低い場合を除く。)には、業務と発症との関係性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
なお、労働時間の長さのみで過重負荷の有無を判断できない場合には、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮して判断する必要がある。
実はこの「短期間の過重業務」における労働時間の負荷要因の部分は今回の基準の変更で見直しが行われた部分となります。
以前の基準では労働時間の負荷要因に関して考え方は示されていたものの例示等はありませんでした。
しかし、今回の変更で「①発症直前から前日までの間に特に過度の長時間労働が認められる場合、②発症前おおむね1週間継続して深夜時間帯に及ぶ時間外労働を行うなど過度の長時間労働が認められる場合等」といった文言が追加され、どういった類いの労働時間の場合「短期間の過重業務」に当たりうるかが明確化されています。
労働時間以外の負荷要因(今回の変更点②)
次に労働時間以外の負荷要因ですが、こちらは具体的には以下の通りとなります。
(ア)勤務時間の不規則性
a 拘束時間の長い勤務
b 休日のない連続勤務
c 勤務間インターバルが短い勤務
d 不規則な勤務・交替制勤務・深夜勤務
(イ)事業場外における移動を伴う業務
a 出張の多い業務
b その他事業場外における移動を伴う業務(以前の基準の「時差」を発展させたもの)
(ウ)心理的負荷を伴う業務(以前の基準の「精神的緊張を伴う業務」を発展させたもの)
(エ) 身体的負荷を伴う業務
(オ)作業環境
a 温度環境
b 騒音
こちらは「長期間の過重業務」における「労働時間以外の負荷要因」とまんま同じです(太字にしてある部分が今回の変更点及び追加項目)。
ただし、(オ)の作業環境については「長期間の過重業務」においては他の項目と違い付加的に考慮するとされていましたが、短期間の過重業務においては付加的ではなく他の項目と同様に十分検討することとされています。
各項目の詳しい内容は認定基準の原本からどうぞ。
血管病変等を著しく増悪させる業務による脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について(リンク先PDF 出典:厚生労働省)
異常な出来事とは
脳・心臓疾患の労災の認定基準における「異常な出来事」とは、発症前24時間以内に、発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇した場合をいい、具体的には以下のようなものをいいます。
- 極度の緊張、興奮、恐怖、驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
- 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
- 急激で著しい作業環境の変化
ここまでは、以前の労災の認定基準と変更はありません。
今回の基準の見直しで変更されたのは、次に説明する「異常な出来事」があったと認められるかどうかの判断基準であり、具体的には判断基準が以前よりも明確化されました。
「異常な出来事」における判断基準の明確化
旧基準では、以下に当てはまる場合に「異常な出来事」があったと判断できるとしていました。
①通常の業務遂行過程においては遭遇することがまれな事故又は災害等で、その程度が甚大であったか
②気温の上昇又は低下等の作業環境の変化が急激で著しいものであったか 等
ただ、上記の内容をみてわかるとおり、正直、具体性に欠けているし、種類もあまり多くありません。
一方、今回の新基準では上記の内容の見直しに加え、さらにそれを具体化したものも明記されています。
概要
異常な出来事と認められるか否かについては、出来事の異常性・突発性の程度、予測の困難性、事故や災害の場合にはその大きさ、被害・加害の程度、緊張、興奮、恐怖、驚がく等の精神的負荷の程度、作業強度等の身体的負荷の程度、気温の上昇又は低下等の作業環境の変化の程度等について検討し、これらの出来事による身体的、精神的負荷が著しいと認められるか否かという観点から、客観的かつ総合的に判断すること。
具体例
以下の①から⑤に該当する場合、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断すること。
①業務に関連した重大な人身事故や重大事故に直接関与した場合
②事故の発生に伴って著しい身体的、精神的負荷のかかる救助活動や事故処理に携わった場合
③生命の危険を感じさせるような事故や対人トラブルを体験した場合
④著しい身体的負荷を伴う消火作業、人力での除雪作業、身体訓練、走行等を行った場合
⑤著しく暑熱な作業環境下で水分補給が阻害される状態や著しく寒冷な作業環境下での作業、温度差のある場所への頻回な出入りを行った場合 等
「長期間の過重業務」「短期間の過重業務」と比べると、「異常な出来事」については変更点は少なめというか、これまでのものをより明確化しただけと言えるでしょう。
対象疾病に「重篤な心不全」を追加
今回の認定基準の見直しに当たっては「異常な出来事」「短期間の過重業務」「長期間の過重業務」の他に、労災として認められる脳・心臓疾患の追加が行われています。
今回の基準改正では「重篤な心不全」で、それ以外の労災として認められる脳・心臓疾患は以下の通りとなります。
1 脳血管疾患
(1) 脳内出血(脳出血)
(2) くも膜下出血
(3) 脳梗塞
(4) 高血圧性脳症
2 虚血性心疾患等
(1) 心筋梗塞
(2) 狭心症
(3) 心停止(心臓性突然死を含む。)
(4) 重篤な心不全
(5) 大動脈解離
まとめ
以上です。
一番重要なのは「長期間の過重業務」に関する変更なので、実務においては、まずはそちらをきちんと確認するのが一番かと思います。
