非正規労働者の雇用

日本郵便の契約社員が提訴した件について-正社員と非正規労働者の垣根の問題-

2014年5月9日

日本郵便の契約社員が、正社員と同一の業務を行っているにもかかわらず手当等がつかないなど労働条件に格差があるのはおかしいと、日本郵便を提訴しました。

契約社員:正社員と仕事同じ 手当支払い求め日本郵便提訴

まったく、ろくな社労士いねえのか、と思ってしまう事件です。

この提訴は昨年改正された労働契約法の20条の条文を根拠としています。

(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)
第二十条  有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

昨年はよくこの法律の法改正の研修やセミナー等に出向きましたが、どの講師も異口同音に、これからは正社員と非正規労働者の職務をはっきり区別した方がいいと、仰られていたんですがねえ・・・。

で、この労働契約法の20条というのは過去の判例を明文化したものであり、労働裁判上の新しい概念というわけでは必ずしもありません。実際、この条文がまだなかった過去の判例では、業務内容が同一にもかかわらず、契約社員の賃金額が正社員のそれの8割以下となっていたことを理由に公序良俗に反すると判断しています。

今回の裁判がどのような結末に至るのかは現在のところわかりませんが、労働裁判の性質を考えれば労働者側が間違いなく有利ではあるはずです。

勝訴しても非正規労働者が正社員と同様の労働条件を得られる可能性は低い

では、労働者側が裁判で勝った場合、非正規の労働者は晴れて正社員と同様の手当等を支給され、正社員と同一の労働条件で働くことができるか、といえば、必ずしもそうではないでしょう。

その理由はこのブログでもここ最近折に触れて述べていることですが、会社が支払う賃金の額の総額、つまり予算は決まっているからです。今回は具体例を見ながらその点を説明したいと思います。

例えば、ここに従業員10人の会社があったとします。10人は全員同じ業務を行っていますが、そのうち5人は正社員、あとの5人は非正規です。正社員の給与は5人とも月々30万円で、非正規のは5人とも20万円です。つまり、この会社の1ヶ月の賃金総額は250万円なのですが、会社はこれ以上びた一文、労働者に給与を支払う能力がありません。

この状況で非正規の給与を正社員と同じにするためにはどうしたらいいか。考えられる答えは2つあります。

正社員の給与を下げるか、労働者を解雇するかです。

正社員の給与を25万に下げて、非正規の給与を25万に上げれば、250万円の予算内に収まりますし、非正規労働者を2人解雇すれば、30万円×8人で240万円、なんと10万円のお釣りがきます。

もちろん、現実問題としてこういったことが起こった場合、正社員の給与をいきなり下げるのは難しいので、一時的に支払う賃金額が増えるのは飲み込んで、賞与等で調整しつつ昇給を抑え、さらには退職金規程を見直す、といった長期的な方法を取るのが普通だとは思います。また、解雇に関しては給与を下げる以上に難しいので、現実問題としては今後の労働者を雇入れを抑制する方向で行われるはずです。

しかし、この例からも分かる通り、仮に会社が負け、正社員と非正規の労働条件を同じにする必要が出てきた場合、確かに勝訴後の待遇は正社員と同程度になるかもしれませんが、非正規の労働者が提訴の段階で望んでいた労働条件を得られる可能性は実はかなり低いわけです。前者の場合は説明するまでもありませんが、後者の場合も人手不足で労働時間は以前より増える可能性があります。

さらに言うと、実はこの問題にはもう1つ答えがあります。それは記事の冒頭で述べたように「正社員と非正規労働者の職務をはっきり区別する」ことです。こうなると、給与や労働条件を同一にする必要性がなくなってしまうわけです。

今回の件が雪だるま式に事が大きくなっていく可能性

勘違いしてほしくないのは、だから、今回のような裁判を起こす意味は無い、とわたしは言いたいわけではありません。むしろ、正社員と非正規労働者の垣根をなくしていき、ノンワーキングリッチのような階級を破壊しなければ、日本の企業の活力や生産性はどんどん失われていくばかりだと考えています。

もちろん、社労士の立場としては労働裁判なんて真平ごめんではありますが、こうした正社員と非正規労働者の格差是正がもたらすメリットを考えれば、他所で起こる分には仕方ない部分もあるとは考えています。なので、今回の裁判に関してはどちらに肩入れすることもなく成り行きを見守りたいとは思っています。提訴した人数が3人で、請求額も会社の規模を考えれば僅かなものですが、裁判の行方によっては、これが雪だるま式に大きくなる可能性もありますし、他の企業に波及する可能性もありますからね。

ただし、安易に正社員と非正規労働者の労働条件を同じにしたところで、そうした結果が得られるわけではないことにも留意して置かなければならないでしょう。契約形態賃金等を決めるのではない、同一労働同一賃金という考えが企業に浸透するにはまだまだ時間がかかる上、そうした考えを後押しするであろう労働市場はまだまだ流動性が低いからです。

関連リンク
現代の身分制度を考える -なぜ非正規労働者は正社員になれないか-

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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