「中間管理録トネガワ」から読み解く労務管理のツボ ②「社員旅行」

だいたい1週間くらいのペースでやっていこうと思っている「中間管理録トネガワ」から読み解く労務管理の話(1回目から少し題名を変えました)。
中間管理録トネガワ(1) (ヤングマガジンコミックス)

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第一話で「名前が覚えづらい」という身勝手な理由で会議をご破産にした利根川は、その後も失敗続き。

部下からの信頼を失い続ける利根川は、起死回生のため、第四話で部下を連れての「社員旅行」を計画します。

今回のテーマは「社員旅行」について。

目次

社員旅行に関する上司と部下の考えには隔たりが

社員旅行について、労働法の観点から語る前に踏まえておかないといけないことがあります。

利根川は「諸君の日頃の労をねぎらう為に」との目的で、今回「社員旅行」を計画したわけですが、ねぎらわれる側の黒服の1人は、旅行先に向かうバスの車内の段階で、以下のような不満を持っています。

「ありえないんだよ…! 部下が羽を伸ばせる社員旅行なんて…! 利根川先生(上司)がいる限り… 部下(オレ)たちは終始気を遣わされるに決まってる…! チッ…! 何がレジャー…! いい迷惑だ…! せっかくの休日に…!」

参照:中間管理録トネガワ第4話「余興」

社員旅行を企画した側に聞かせられないような発言ですが、要するに、社長と社員、上司と部下とでは「社員旅行」に対する考えがぜんぜん違う。わたしも仕事の関係で、「社員旅行」についてどちらの立場の人からも相談されることがありますが、こうした意識の違いは現実にあると感じています。

よって、法律の話の前に、こうした意識の差を埋める、もしくは埋められるような企画でないと、社員旅行を成功させることは難しいでしょう。

利根川がどうだったかは本編でご確認を。

旅行中の時間は労動時間か?

こうした意識の違いを踏まえて、法律の話に入っていきます。

社員旅行に関する労務で問題になりやすいのは、まずは旅行中の時間は労働時間なのかどうかという点。

労働時間であれば当然賃金が発生します。

通常、社員旅行というのは社内の親睦を深めるためのものです。

この範囲内である限り、社員旅行というのは福利厚生の一環。

当然、使用者の指揮命令下にはないと考えられるため、社員旅行中の時間は労働時間とはいえません。

そのため、社員旅行が平日であろうと休日であろうと、賃金や休日手当は発生しません。

参加が強制の場合は労動時間

しかし、以下の要件に当てはまる場合は福利厚生とは言えず、旅行の時間は労働時間とみなされます。

  1. 事業主が、その行事を会社の事業に必要なものと考えて参加を強制している場合で
  2. 社会通念上も、その行事が会社の事業に必要なものといえる場合

「社内の親睦を深める」のも会社の行事に必要といえば必要なので、2の要件はかなり範囲が広いと考えられます。

なので、基本的には1の「参加が強制かどうか」が問題となります。

強制かどうかは、必ずしも言葉や命令としての強制がなくても、「参加しないと不利益がある」といったような場合は「黙示の強制」があったとされるので注意が必要です。

ちなみに、ここまで「社内の親睦を深める」について話をしてきましたが、研修目的の旅行の場合も基本は同じです。

研修目的の旅行というのはOffJT(業務外研修)と考えられます。

OffJTの場合も、参加が強制か任意かで労動時間か否かが判断されるので、研修旅行も同様と考えて問題ありません。

強制参加の社員旅行の給与

では、労働時間と判断される場合の賃金等の支払はどう考えればいいのでしょうか。

基本的には通常の出張と大差はありません。

通常の出張の場合、移動時間は基本的には労働時間と数えず、それ以外の会社の指揮命令下にあると考えられる時間については、労働時間がきちん把握できる場合には実時間、それが困難な場合は「事業場外みなし労働」を採用することができます。

社員旅行では、労働時間を管理する義務のある使用者がその場にいるはずなので、労働時間を算定しづらい、という状況はありえません。使用者がきちんと把握しなさい、という話で終わってしまいます。

つまり「事業場外みなし労働」の採用は困難。

よって、実時間で計算する必要がありますが、ただ、集団で行く旅行の行程というのはあらかじめ決まっているのが普通なので、その予定の段階である程度、労働時間を決められるのではないでしょうか。

平日(労働日)と休日で変わる扱い

次に考える必要があるのが社員旅行を平日に行くか休日に行くかです。

社員旅行を平日に行くか休日に行くか、というのは、平日のほうが旅費が安くて休日のほうが高い、みたいな問題ではありません。

例えば、平日、厳密には会社の労働日に社員旅行に出かける場合、社員には有給休暇を使う権利があります。

なので、社員旅行を有給休暇を使って休むことができるわけです。

これは自由参加、強制参加を問いません。

一方、会社の休日に社員旅行を行う場合、そもそも休日なので、自由参加・強制参加を問わず労働者は年次有給休暇は使えません。

強制参加か自由参加かでも変わる

不参加の場合の労働者の取り扱いも変わってきます。

強制参加の社員旅行が労働日の場合、それに行かないということは当然欠勤です。

一方、強制参加の社員旅行が休日の場合、これは休日出勤命令が出ていると考えられるため、これに逆らうということは会社の業務命令に反するということになります。

では、自由参加の場合はどうでしょうか。

労働日というのは会社が労働者に対して業務を用意する必要があり、業務がないということで休業させる場合、平均賃金の6割の休業手当が必要になります。

よって、労働日に自由参加の社員旅行がある場合、会社は参加しなかった労働者に業務を与えるか、休業させる場合は休業手当を支払う必要があります。

休日に関しては、もともと休みの日なので特に問題となる点はありません。

労働日・休日と社員旅行の関係まとめ

以上のことを図にまとめるとこんな感じです。

強制参加 自由参加
平日(労働日)
  • 有給の使用可
  • 不参加の場合は欠勤扱い
  • 通常の賃金
  • 有給の使用可
  • 不参加の場合、会社が別途業務を用意しない限り、休業手当が必要となる休業
  • 通常の賃金、もしくは休業手当
休日
  • 有給の使用不可
  • 不参加は実質休日出勤の拒否と同じなので、特段の事情がない限り業務命令違反に問われる可能性有り
  • 休日・時間外手当込みの賃金
  • 有給の使用不可
  • 不参加の場合は通常の休日と同じ
  • 賃金の支払いはなし

取引先との関係を考えると通常は休日に行くことが多いのでしょうが、1年単位変形労働時間制など、変形労働時間制を利用して休日と平日を変更している場合は注意が必要です。

例えば、会社カレンダーで社員旅行のある土日を会社の休日ではなく労働日にしている場合や、社員旅行のある平日を会社の休日にしている場合です。

ちなみに、社員旅行の日に社員の意思で有給を使用する、というのは、平日であれば法律上は問題ありません(会社的にどうかはわかりませんが)。

一方で、有給の計画的付与によって、会社が社員旅行の日を有給として指定することは、有給本来の目的と異なるので控えるべきでしょう。

もはや改正がいつになるのかわかりませんが、有給の強制取得が制度として始まった場合も、おそらくはよろしくないはずです。

積立金の性質は「社内預金」

最後に旅行積立金についてですが、社会保険や雇用保険のような法定で定められたもの以外を賃金から控除する場合、労使協定が必要となります。

よって、積立金を労働者の賃金から天引きする場合、その旨を定めた労使協定が必要となります。

積立金はその性質上「社内預金」に当たります。

預金は元本保証が基本で、預金の目的通りに使用されなかった場合、つまり、社員旅行に不参加で積立分を使わなかった労働者の積立分については、労働者に返す必要があります。

ただし、天引きの目的が、親睦費のように社員旅行と限定しておらず、普段の飲み会や忘年会や新年会などでも使用されるものとして引かれている場合には、必ずしもその必要はありません。

労使間で無用な金銭トラブルを避けるためにも、このあたりについては労使協定や就業規則で明確化しておく必要があるでしょう。

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この記事を書いた人

社会保険労務士川嶋事務所の代表。
「会社の成長にとって、社員の幸せが正義」をモットーに、就業規則で会社の土台を作り、人事制度で会社を元気にしていく、社労士兼コンサルタント。
就業規則作成のスペシャリストとして豊富な人事労務の経験を持つ一方、共著・改訂版含めて7冊の著書、新聞や専門誌などでの寄稿実績100件以上あり。

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