年次有給休暇

混乱しやすい年次有給休暇と、育休や傷病手当金の待期期間等との関係を解説

2016年5月18日

年次有給休暇という制度は単純なように見えて複雑な制度です。

おかげで勘違いも多く、昔、ドラマの踊る大捜査線で和久さん(いかりや長介)が「おれには30年分有給がある」みたいなことを言って、上司相手に啖呵を切っていたのを覚えています。(言うまでもなく、年次有給休暇の時効は取得日から2年)

それでも労働基準法上の有給制度のみであれば、それなりに勉強すれば理解するのにそれほど時間はかからないと思うのですが、他の制度との兼ね合いが出てくると難易度が急上昇します。

今回は、年次有給休暇と産休・育休、労災や傷病手当金などとの兼ね合いについて解説していきたいと思います。

 

年次有給休暇の前提

年次有給休暇の概要については、このウェブサイトのQ&Aを読んでいただくとして、以下を読み進めていく上で重要なことを一点だけ、ここで述べておきましょう。

それは、年次有給休暇は「労働日(労働義務がある日)」にしか取得できないということ。つまり、会社の休日には取得できないわけです。

また、産後6週間のように、法律上就業が禁止されている期間も取得できません。法律上禁止されている以上、この6週のあいだは、労働者側に労働義務がないと考えられるからです。労働義務がない日を「労働日」と呼ぶことはできません。

 

育児介護と年次有給休暇の関係

産前産後と有給

前提のところで述べましたが、産後6週間の期間については有給を取得することはできません。

しかし、産前の6週間については「労働者の請求が合った場合」に休業するものなので、産前休業の請求がなければ会社としては休業を与える必要ありません。

逆に言えば、産前休業の請求をしないで年次有給休暇の請求が合った場合、労働者は例え産前休業の期間であっても有給を取得することができるわけです。会社としても、もともと産前休業ができる期間なので、業務の繁閑を理由とする「時季変更権」を行使することは難しいですし。

同様に、産後休業前半の6週間のあとの、後半2週間については「労働者の請求が合った場合」に「医師が支障がないと認めた場合」会社としては就業させることができます。

つまり、産後休業2週間の代わりに有給を取得する、ということはできなくもないわけです。

ただ、有給と比べて額は下がるとはいえ、産前産後休業期間中は出産手当金が支給されるので、有給は産前産後休業や、次に述べる育児休業が終わった後まで取っておいた方が良い気もします。もちろん、産前産後休業・育児休業中に時効にかかる有給日数についてはこの限りではありませんが。

 

育児・介護休業と有給

育児・介護休業は労働者の申し出により取得することができ、会社は原則拒否することはできません。

そして、育児・介護休業による休業日は「労働日」ではないので、育児・介護休業期間中は有給を取得することはできません。

ただし、計画付与であらかじめ有給の取得が決まっている場合は有給が優先されます。

育児・介護休業と年次有給休暇の関係性の基本は「先に決まっているものが優先」だからです。

 

待機期間

次に、労災の休業補償給付と社会保険の傷病手当金と有給の関係ですが、実はこの2つの給付にはどちらも待機期間というものがあり、まずはこの待機期間の基本について見ていきます。

待機期間とは、言うなれば、本当にその給付が必要なのかどうかを見極める期間となります。

労災の休業補償給付の待機期間は、「休業初日からの3日間(継続・断続問わない)」となります。労災発生日からではなく実際に労務不能で休業した初日から3日間であることに注意です。

一方の社会保険の傷病手当金については、傷病により「連続して3日間」会社を欠勤すると、それが待機期間となります。

 

待機期間と公休日と有給

この待機期間ですが、いずれの場合も、会社の公休日も含めて数えます。

一方で、すでに述べたように、公休日に有給を取得することはできないので、公休日と待機期間が重なっている日に関しては、有給を取得することはできません。

 

労災保険の待機期間と年次有給休暇の関係

労災の休業補償給付と待機期間

労働災害で負傷し、休業補償給付をもらう場合、以下の条件を満たす必要があります。

  1. 業務上の負傷又は疾病による療養している
  2. 療養のため労働することができない
  3. 賃金の支給を受けられない

ただし、以上の3つの条件を満たしていたとしても、最初の休業3日間(継続・断続問わない)は待期期間となり、休業補償給付はもらえません。

その代わり、この3日間の待期期間中は会社の方に平均賃金の60%以上の休業補償を行う義務があります。

 

待機期間と有給の関係

労災と有給の組み合わせで混乱するポイントは2つです。

1つ目は待期期間中に有給を取ることは可能なのか(有給をとってしまった日を待期期間として数えられるか)。

もう1点は休業補償給付を受けている間、有給を取得することができるのか、です。

まず、待期期間中に有給を取ることは可能なのか、という点についてですが、これは可能です。(ただし、前述したように待機期間が公休日の場合は不可)

有給は労働日にのみ取得可能なものですが、仮に労災により当該労働者が労務不能であっても、待機期間が労働日であるなら、有給を取得することは可能なわけです。

ちなみに、待機期間は賃金の支給を受けていたかどうかを問われません。

よって、待期期間に有給を取得することで、平均賃金の60%ではなく100%の収入を得ることもできます。(この場合、当然、有給の取得日数は消費するので、その後のことも考えて取得するかどうか決めたほうが良いかとは思いますが)

 

休業補償給付を受けている間の有給

では、待機期間が終わり、休業補償給付の受給開始後はどうでしょうか。

実は、休業補償給付を受給中であっても有給の取得することは可能です。

理屈は待機期間中と同じ。

ただし、休業補償給付は賃金が支給される場合、額の調整が行われるため、年次有給休暇を取得した日については休業補償給付がもらえなくなることに注意してください。

(休業補償給付の1日の日額は、だいたい日給の60%+特別支給金の20%。有給は100%なので、有給のほうが額自体は多い)

 

健康保険の傷病手当金と有給

待機期間と有給の関係

では、健康保険の傷病手当金の待機期間についてはどうでしょうか。

結論を言うと、労災の休業補償給付同様に、この3日間に有給を取得することは可能です。(ただし、前述したように待機期間が公休日の場合は不可)

 

傷病手当金を受けている間の有給

では、傷病手当金受給中はどうかというと、この期間についても有給を取得することは可能です。

ただし、労災同様に額の調整が行われるので、有給を取得した日については傷病手当金はもらえません。(傷病手当金の1日の日額は、だいたい日給の3分の2なので、有給のほうが額が多くなります)

 

退職後の傷病手当金と有給

最後に、ちょっとテクニカルな話をすると、傷病手当金をもらえる状態で年次有給休暇を取得、そのまま1日も出勤せず会社を辞めた場合、傷病手当金およびその継続給付(健康保険の被保険者資格を喪失しても傷病手当金がもらえる、というもの。条件を満たしていれば任意継続被保険者となる必要もない)をもらうことができる場合があります。

例えば、退職直前に労務ができないような傷病により、そのまま一度も会社に出ないまま有給消化により退職した、といった場合がこれにあたります。

ただし、こうした形で傷病手当金をもらう場合、待期期間の3日と傷病手当金の受給権発生の1日の計4日は会社にいないともらえません。

また、退職日当日に出勤してしまうと労務不能とけんぽ協会の方に判断してもらえず、継続給付をもらえなくなる場合があるのでご注意を。

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今回紹介した制度を活用するとき、というのは労働者も今後の会社人生を考え直す機会になることが多いようです。その結果、少しでも有給を使おうと思う人も少なくないのです。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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