労働時間

「契約社員や最低賃金の労働者に裁量労働制」って本当に問題なの?

2018年2月7日

※ 昨日の記事は諸事情により削除させていただきました。ご迷惑をおかけした皆様にお詫び申し上げます。

 

昨日のニュースで

契約社員も裁量労働に「適用可能」と政府答弁書

というものがありました。

要するに「契約社員であろうと、最低賃金で働く人であろうと、裁量労働制は適用できますよ」という内容の政府答弁書が閣議決定されたということです。

裁量労働制というと「何時間働いても残業代が出ない」というイメージが強いため、Twitterの反応なんか見てると「契約社員や最低賃金で働く人たちに残業代を払わないなんてけしからん」という脊髄反射的な反応を見せる人が多くいました。

確かに「契約社員や最低賃金で働く人」と聞くと、立場の弱い人たちというイメージが湧いてくるため、「んな人たちに残業代を払わないなんて酷い話」だと思うのは当然かもしれません。

しかし、そもそも「契約社員や最低賃金で働く人」で、さらに「裁量労働制で働ける人」というのはどのような人たちなのでしょうか。

複数存在する裁量労働制

上記の疑問を解決するには「裁量労働制の対象となる人の条件」について、理解が必要です。

裁量労働制には現行法で2種類、今国会で法案が通る予定の改正労働基準法で1種類、計3種類の裁量労働制が、以下の通り、存在します。

現行法

  • 専門業務型裁量労働制
  • 企画業務型裁量労働制

労働基準法改正後

  • 特定高度専門業務・成果型労働制

※ 「事業場外みなし労働時間制」は労働時間をみなすことができるケースが「事業場外」「労働時間を算定しがたいとき」に限定されるため、厳密には「裁量労働制」とは言えないので除外

これらの裁量労働制に関しては、それぞれに対象となる業務や労働者の範囲が異なっています。

 

専門業務型裁量労働制の対象業務

まず、専門業務型裁量労働制の対象となる業務ですが、こちらは以下の19業務に限定されています。

専門業務型裁量労働制の対象業務

  1. 新商品若しくは新技術の研究開発又は人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務
  2. 情報処理システム(電子計算機を使用して行う情報処理を目的として複数の要素が組み合わされた体系であつてプログラムの設計の基本となるものをいう。(7)において同じ。)の分析又は設計の業務
  3. 新聞若しくは出版の事業における記事の取材若しくは編集の業務又は放送法(昭和25年法律第132号)第2条第4号に規定する放送番組若しくは有線ラジオ放送業務の運用の規正に関する法律(昭和26年法律第135号)第2条に規定する有線ラジオ放送若しくは有線テレビジョン放送法(昭和47年法律第114号)第2条第1項に規定する有線テレビジョン放送の放送番組(以下「放送番組」と総称する。)の制作のための取材若しくは編集の業務
  4. 衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務
  5. 放送番組、映画等の制作の事業におけるプロデューサー又はディレクターの業務
  6. 広告、宣伝等における商品等の内容、特長等に係る文章の案の考案の業務(いわゆるコピーライターの業務)
  7. 事業運営において情報処理システムを活用するための問題点の把握又はそれを活用するための方法に関する考案若しくは助言の業務(いわゆるシステムコンサルタントの業務)
  8. 建築物内における照明器具、家具等の配置に関する考案、表現又は助言の業務(いわゆるインテリアコーディネーターの業務)
  9. ゲーム用ソフトウェアの創作の業務
  10. 有価証券市場における相場等の動向又は有価証券の価値等の分析、評価又はこれに基づく投資に関する助言の業務(いわゆる証券アナリストの業務)
  11. 金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務
  12. 学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定する大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る。)
  13. 公認会計士の業務
  14. 弁護士の業務
  15. 建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務
  16. 不動産鑑定士の業務
  17. 弁理士の業務
  18. 税理士の業務
  19. 中小企業診断士の業務

ただし、対象業務の場合であっても、客観的に見てその労働者に裁量が認められない場合は、専門業務型裁量労働制の対象とはなりません。

また、公認会計士や弁護士など士業の資格等を持っていたとしても、その会社でそうした業務を行っていない場合も対象とはなりません。

いずれにしろ、上記の対象業務は一定のスキルが必要となる業務ばかりで、契約社員として働くことはあっても、それは一般的な雇用の調整弁的な意味での契約社員というよりは、プロフェッショナルとして働くことが想定されます。

最低賃金に関しては、そもそも上記のようなスキルを持つ人がそうした労働条件を受け入れるとは考えづらいと思われます。

 

企画業務型裁量労働制の対象業務

次に企画業務型裁量労働制の対象業務です。こちらに関しては改正労働基準法で、業務の追加が予定されています。

企画業務型裁量労働制の対象業務

現行法が対象とする業務(1.~4.全てに該当する場合対象となる)

  1. 事業の運営に関する事項についての業務であること
  2. 企画、立案、調査及び分析の業務であること
  3. 当該業務の性質上これを適切に遂行するためにはその遂行脳方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務であること
  4. 当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務であること

改正後に追加される業務

  1. 事業の運営に関する事項について繰り返し、企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該事業の運営に関する事項の実施状況の把握及び評価を行う業務
  2. 法人である顧客の事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析を主として行うとともに、これらの成果を活用し、当該顧客に対して販売又は提供する商品又は役務を専ら当該顧客のために開発し、当該顧客に提案する業務(主として商品の販売又は役務の提供を行う事業場において当該業務を行う場合を除く。)

「事業の運営に関する事項」とは、この制度の対象事業場の属する企業、又は、対象事業場の属する企業の運営に影響を及ぼす事項をいいます。

つまり、「自社」の運営に関する「企画、立案、調査及び分析の業務」に限って適用できる制度となっており、それだけの業務を任す相手に対し、会社側が最低賃金しか支払わないというのは、会社の情報を持ち逃げされるなどのリスクを犯すことになるのではないでしょうか。契約社員に行わせるのも同様です。

また、企画業務型裁量労働制に関しては、対象労働者本人の同意が必要なため、本人が適用を拒否することもできます。

 

法改正で追加される業務

ちなみに改正後に追加される業務に関して、1.については、以下のような具体例が挙げられています。

「全社レベルの品質管理の取組計画を企画立案するとともに、当該計画に基づく調達や監査の改善を行い、各工場に展開するとともに、その過程で示された意見等をみて、さらなる改善の取組計画を企画立案する業務」

つまり、企画の立案とその立案内容の推進業務を一体として行うなど、労働者が裁量的にPDCAを回すような業務をいいます。

一方の2.は「課題解決型提案営業」や「ソリューション営業」と呼ばれるもので、「営業自らが顧客の情報をより多く集め、それらの情報を分析し、そこから顧客の課題や不満等を探し、その課題の解決策を提案する営業形態」を言います。

通常は、自社のための「企画、立案、調査及び分析の業務」のみ企画業務型裁量労働制の対象とされていたのが、改正後は他社の課題解決に関しても一部、対象とすることができます。

いずれにせよ、どちらの場合であっても最低賃金では引き受けてくれる労働者はいないでしょうし、こうした業務を契約社員で引き受けられるのは、その会社を辞めても次を見つけることが簡単にできるだけのスキルを持った人くらいと考えられ、そうでなければ企画業務型裁量労働制の適用に同意することはないのではないでしょうか。

 

特定高度専門業務・成果型労働制の対象業務と対象労働者

最後に労働基準法の改正で追加予定の特定高度専門業務・成果型労働制についてです。

特定高度専門業務・成果型労働制の対象業務

高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と従事して得た成果との関連性が通常高くないと認められるものとして厚生労働省令で定める業務のうち、労働者に就かせる業務。

→具体的には以下の業務が対象となる予定

  • 金融ディーラー
  • アナリスト
  • コンサルタント
  • 研究開発職  etc

特定高度専門業務・成果型労働制の対象労働者

  • 使用者との間の書面等の方法による合意に基づき職務が明確に定められていること
  • 労働契約により使用者から支払われると見込まれる賃金の額を一年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額の三倍の額を相当程度上回る水準として厚生労働省令で定める額以上であること。(具体的には年収1075万円以上となると言われている)

省令の内容がまだ未確定のため、不明確な部分が一部ありますが、そもそも年収1075万円以上(予定)の労働者が対象の時点で最低賃金の人を特定高度専門業務・成果型労働制の対象労働者にすることはできません。

また、「使用者との間の書面等の方法による合意に基づき職務が明確に定められていること」とあることから、適用には対象労働者の同意が必要と考えられます。

いずれにせよ、上記のような職に就く労働者が、一般的な意味での契約社員と同等かというとそれも違うのではないでしょうか。

 

まとめ

以上です。

このように裁量労働制の対象となる労働者というのは、一般的な「誰でもできるスキル不要の業務を行う」という意味の非正規社員とはかなり異なり、ほとんどの場合、他の労働者と比べて一定レベル以上のスキルを持つ労働者となります。

そうした労働者を最低賃金で雇うというのは、現状の深刻な人手不足の点からも見ても不可能に近いと考えられます。

また、契約社員として働かせるにしても専門業務型裁量労働制を除けば、適用を受けるかどうかは労働者側に選択権がある上、ある程度、自分の能力に自信のある人であれば、適用の申出を受けた段階で退職するかもしれません。深刻な人手不足の現在の労働市場で、会社が必要とする労働者に退職されることほどの損害はないのではないでしょうか。

もちろん、業種や業界の雇用慣行によって変わってくる部分もあるかもしれませんが、契約社員や最低賃金の人に裁量労働制を適用するというのは、基本的には「法律上はできる」以上の意味はほとんどないと考えられます。

いつも書くことですが、法律上できるということと、実際にやっていいかは別問題なのです

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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