外国人雇用

ベトナム人がヤギを食べた事件から技能実習制度を分析する

2015年3月19日

技能実習生として来日したベトナム人が大学で飼っていたヤギを盗みだしそれを食べた、という事件の裁判が少し前に話題となりました。と言いつつ、恥ずかしながらわたしは、自分のお客さんで実際にベトナム人実習生を雇用している会社の経営者の方に聞くまで、この件について全く知らなかったのですが(なので、この記事は時期的には旬を過ぎてしまってますね)。

この事件、元ベトナム人実習生の境遇があまりに悲惨で、国を出てくるときに多額の借金を背負わされ、いざ日本に来てみれば非常に過酷な労働環境で奴隷同然に働かされており、世間からも同情的な意見が多くある一方、このような悲劇を生んだ技能実習制度そのものを害悪とみなす意見も散見されます。

個人的には、まずは、実習生が多額の借金を負っていたことと、過酷な労働環境で働いていたことは分けて考える必要があると思っています。

技能実習制度の流れ、特に、問題となりやすい団体監理型の場合を説明しておくと下図のように、実習生は現地の政府機関が認定した送り出し機関から日本の管理団体へ送られ、受け入れ先となる企業はその管理団体から実習生を派遣してもらうことになっています。

技能実習制度(団体監理型)

厚生労働省の資料より抜粋

実習生の借金というのは、実習生が日本へ来るために現地の仲介業者に支払ったもので、ようは日本へ来るための渡航旅費や身元保証金です。ちなみに、前述の経営者の方の会社で働くベトナム人労働者にも借金がありその額は約8000ドル。うち身元保証金は2000ドルほどで、あとの6000ドルについては自分の会社で働くベトナム人労働者たちをかわいそうに思ったその経営者の方が送り出し機関に何度も問い詰めてその使途を問いただしたそうですが、教えてくれなかったそうです。

もちろん、技能実習制度では、実習生本人から保証金等の金銭を徴収するような送り出し機関からの実習生は受け入れないとしています。しかし、送り出し機関が保証金を徴収していなくても、その下の技能実習生を集めてくる仲介業者やブローカーがピンハネしている場合もあり、そもそもを言えば、他国の中で行われていることに関して日本がどこまでチェックできるのかという問題もあります。よって、こうした非人道的な送り出し機関を排除できるかには大きな疑問符があるのが現状です。ただ、ブローカーやピンハネは技能実習制度固有の問題というよりは、出稼ぎ外国人労働全般に見られる問題であることは、前提として抑えておく必要があります。

次に実習生の日本での過酷な労働環境についてです。

これについて普通に考えると、まず第一に過重労働させていた受け入れ企業の責任があり、また、本来受け入れ企業に対して管理・監督義務のある管理団体にも責任があり、あるいはそうした過重労働させる企業を見逃していた監督署の責任とみることができます。実際、技能実習制度の業種の拡大や期間の延長を進める裏で、管理団体等への取り締まりを強める方針を法務省は出しています。

しかし、この問題の本丸は技能実習制度が、外国人実習生に特定の技能を習得してもらうという名目のもと、日本にいる間の職業選択の自由がほぼないことにあります。そのため、どんなに労働環境が酷くても辞めたくても辞められない、今回事件を起こしてしまったベトナム人実習生のように借金を背負っているのならなおさらです。労働者にとって使用者に対する最も大きな武器が「労働しない」ことであり、その武器を研ぎ澄ますために雇用の流動性を高めるという議論があるのに、実習生たちはその武器を最初から奪われているわけです。これでは心ない使用者のもとで彼らの労働環境が悪化してしまうのは当然です。

このように考えていくと、前者の実習生の借金の問題は途上国の貧困の問題とも考えられる一方、後者についてはかなり明確に技能実習制度の問題と考えてよいでしょう。

ただ、前者の問題にしても人の流れを技能実習制度がお膳立てしているからこそ、ブローカーがより暗躍しやすい環境があるとも想像できます。上の図を見ればわかるとおり、送り出し機関に人を派遣すれば、ほぼ自動的に日本の企業に労働者を送れるわけですからね。ブローカーにしても、労働者が送った先で仕事について稼いでくれないと儲けがないわけですから、人手不足もありほぼ確実に送った労働者が仕事につける日本の技能実習制度は狙い所なはずです。

現在、東京オリンピックや介護事業などについて、さかんに外国人労働者の受け入れの必要性が叫ばれており、実際、わたしの住む名古屋の周辺でも製造業の多くは人手不足に悩まされています。よって、外国人労働者を受け入れないという選択肢はありえないにしても、少なくとも外国人労働者を本気で受け入れるつもりなら、外国人移民を嫌う一部世論の声と労働力を求める経営者との妥協の産物のような現在の技能実習制度で進めていくべきではないでしょう。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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