安全衛生

会社が行う健康診断とプライバシーと安全配慮義務の関係

2016年8月8日

労働安全衛生法上、従業員の健康診断を行うことは、会社の義務とされています。

「雇入れ時の健康診断」と1年に一回定期に行われる「定期健康診断」については、業種や規模に関係なく行う必要があり、業種や業務によってはそれ以外の健康診断を行う必要もあります。

慣れていない会社、特に「定期健康診断」の結果を監督署に提出する必要のない50人未満の規模の事業所などですと、この健康診断の結果をどう扱っていいか困るようで、相談を受けることがたまにあります。

 

1. 健康診断個人票作成の義務がある

健康診断を行った後、健康診断の結果を労働者本人に伝える、これはまあ、当然の話なので問題はないでしょう(安衛法上の義務でもある)。

ただ、プライバシーや個人情報の観点から見て、労働者の健康診断の結果を会社も知っていいのか、というところで迷ってしまうようです。

結論から言えば、一定の範囲内であれば、会社が労働者の健康診断の結果を知ることは問題ありません。

というのも、法律上、会社には健康診断の結果に基づき「健康診断個人票」を作成し、これを5年間保存する義務があります。

健康診断個人票1健康診断個人票2

健康診断個人票(リンク先エクセルファイル 参照:労働安全衛生規則関係様式

健康診断個人票の中身を見てもらえればわかりますが、法律上で義務付けられた検査項目の内容をすべて記載することになっています。(検査項目の内容は、この記事の一番下にあります)

これを5年間保存する義務があるのだから、会社が全く知らないというのはどうやっても無理があるわけです。

 

2. 会社には守秘義務がある

とはいえ、会社の人間なら誰でも、従業員の健康診断の結果を知っていいというわけではありません。

安全衛生法108条では

第108条 第65条の2第1項(作業環境測定の結果の評価等)及び第66条第1項から第4項(健康診断)までの規定による健康診断並びに第66条の8第1項(面接指導等)の規定による面接指導の実施の事務に従事した者は、その実施に関して知り得た労働者の秘密を漏らしてはならない

※ 強調及び条文番号直後の()および()内は筆者による

とあります。

ここでいう「面接指導の実施の事務に従事した者」とは「健康診断の結果を職制上当然に知り得る立場にある者を含む」とされています。

よって、健康診断の結果については守秘義務があり、職務上知りうる立場の人以外が知っていい情報ではないことになります。

つまり、健康診断の結果を会社が知るのは問題ないが、それを知っていい人には制限があるわけです。

また、会社としても、それらの情報が外部や、そうした結果を知るべきでない労働者に漏れないよう、守秘する義務があるといえます。

 

3. 会社には安全配慮義務がある

もう一つ重要なのは、会社には労働者の健康に配慮する義務があるということ。

健康診断もその一環といえます。

また、安全衛生法66条の5では「健康診断の結果に基づく医師の意見」を勘案し、就業場所の変更や作業の転換などをしないといけないとされている点。

労働安全衛生法では、健康診断の結果「異常の所見」が見られる労働者について、会社は「健康診断の結果に基づく医師の意見」を聴かないといけないとされています。

その意見に基づいて、会社は当該労働者に対して健康に配慮した措置を取らないといけない、というのが安全衛生法66条の5の内容。

言い換えれば、健康診断の結果が良くない労働者については、会社は労務管理上特別な措置をとることが義務付けられているといえます。

つまり、安全配慮義務の観点から見ても、会社が労働者の健康診断の結果を全く知らずにいる、というのは無理があるわけです。

 

4. 会社が知ってはいけないこと

一方で、会社が知ってはいけない情報も当然あります。

 

4.1. 健康診断の法定外の項目

法定外の項目の検査については、労働安全衛生法とは関わり合いのない部分であり、会社がその内容を当然に知ることができるかというと、そうではなく、労働者の同意が必要となります。

そのため、健康診断で法定外の項目について検査する場合は、労働者にそのことをきちんと通知し、法定外の検査を選択制にしたり、あらかじめ同意をえておかないと、余計なトラブルを招く恐れがあります。

そもそも、法定外の項目の検査については、労働者側に受診義務があるのかどうかが問題になることもありますが、判例では基本的には受診義務はあるとされています(就業規則に記載があるとなおいい)。

 

4.2. 特定の病気の検診結果

健康診断のことを略して「健診」と言いますが、この健診と漢字違いの「検診」とは意味が全く異なります。

健康診断とは、診察や各種検査で健康状態を評価するものです。結果の数値等によって、自身の健康状態を評価したり、病気がないかを確認するわけです。

一方の「検診」とは特定の病気について、罹患していないかを調べるものです。

東京都知事選に立候補し見事に文春砲の餌食になって晩節を汚した鳥越俊太郎の唯一の公約「がん検診100%」なんかはまさにそれ。

こうした検診は法定外の健康診断の一種と言えます。特に女性従業員については、健康診断の際にマンモグラフィ検査を行っているところも少なくありません。(法定外の検診なので、会社が検査結果を知るには労働者の同意が必要です。)

 

4.3. HIVは例外

では、何でもかんでも検診で調べていいのか、それを受診命令として出していいのかといえばそうではありません。

その代表例がHIVです。

厚生労働省は平成7年2月20日の通達(平成22年4月30日改正)で、HIV感染の有無による労働衛生管理上の必要性が乏しいことや、日本でのHIVへの理解度が不十分であることを理由に、HIV検査を行わないよう会社に求めています。

このHIVの通達を準用するのであれば、「業務への影響が少ないもの」「世間的な理解度が乏しく差別等を招く可能性がある」病気について、会社が検診を行うことは望ましくないといえるでしょう。

わたしの知識不足でHIV以外でこれらの条件に当てはまる病気が他に思いつきませんが、これらの条件に当てはまる検診・検査をお考えの場合は、検討しなおしたほうがいいかもしれません。

 

4.4. ストレスチェックの結果

体の健康から離れて、最後はメンタルの話。

ストレスチェックの結果についても労働者の同意なく、会社が知ってはいけないことになっています。

 

 

5. まとめ

健康診断とプライバシーについてのまとめは以下のとおり。

会社が労働者の健康診断の結果を知ることはプライバシーの侵害にならないか?

  • 会社には健康診断個人票を作成し5年間の保存義務がある
  • 会社には安全配慮義務があり、特に健康診断の結果が悪い労働者への適切な措置をとる義務もある

よって、知ること自体はプライバシーの侵害にはならない。

ただし、

  • 労働者の健康診断の結果には守秘義務がある

そのため、知ることができる人は限られ、会社も漏洩防止措置を取らなければならない

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。 「会社の成長にとって、社員の幸せが正義」をモットーに、就業規則で会社の土台を作り、人事制度で会社を元気にしていく、社労士兼コンサルタント。 就業規則作成のスペシャリストとして豊富な人事労務の経験を持つ一方、共著・改訂版含めて7冊の著書、新聞や専門誌などでの寄稿実績100件以上あり。

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