賃金

国際自動車事件で「歩合給から残業割増分を控除する規則の正当性」の裁判が差し戻しになった理由

2017年3月1日

以前、ブログで取り上げたこちらの裁判。

残業代の分を歩合給から差し引くのは有効か、という裁判が現在佳境です(追記あり)

裁判自体はよくある未払い残業代の請求裁判ですが、話題となっているのは、「残業したらその分の残業代を歩合給から差し引く」という国際自動車というタクシー会社の規定。

この規定の有効性が下級審で争われた結果、1審・2審ともに労働者側の勝利で終わっています。

上記の規定は時間外・深夜手当が2000円発生したとしたら、歩合給から2000円を差し引くというようなもののため、このような規定では実質的に時間外・深夜手当を支払われていないと判断されたためです。

しかし、最高裁では弁論が行われるなど旗色が少し変わっていて、一転、労働者側の敗訴も予想されていましたが、結果は「差し戻し」。

つまり、高裁での審理のやり直しとなりました。

 

問題となった規定自体は差し戻し理由ではない

どうして、最高裁は差し戻しの判断をしたのでしょうか。

実は判決では「残業したらその分の残業代を歩合給から差し引く」ような規定が、法律で定められた残業代の支払いといえるかどうかは「問題となり得る」としています。

その一方で、このような規定が、下級審での判断のように、公序良俗に反し「当然に」無効と解することはできないとも述べていて、はっきりとした判断は避けています。

いずれにせよ、問題となっている規定自体は差し戻しの理由とはなっていません。

(日経新聞はこの裁判結果を受けて、上記の規定を「有効」と記事にしていますが、そんなことは判決には一言も書いていません)

 

未払い残業代の裁判の目的は規定の解釈ではない

では、最高裁が下級審への差し戻しを判断した理由はなんだったのでしょうか。

通常、未払い残業の裁判というのは、未払いとなっている残業代がいくらなのか、というのが焦点となります。

未払いとなっている分を払え、というのが未払い残業裁判の目的で、裁判の勝ち負けはそれが認められかどうかです。

勘違いしている人もいるかもしれませんが、裁判は規定の有効性を判断する場ではないのです。

未払い残業の裁判で言えば、重要なのはあくまでそれが本当に未払いの残業代なのか、そして、未払い残業代だとしてそれはいくらなのか、です。

規定の解釈はその判断材料にすぎません。

 

基本給は15時間30分で1万2500円

未払いの残業代を計算するには、「通常の労働時間の賃金」が明確である必要があります。

「通常の労働時間の賃金」とは、基本給や役職給などの割増賃金の単価計算の元となる賃金のことです。

実は、訴えられた会社の給与体系というのは、この「通常の労働時間の賃金」と「時間外労働の賃金」の境目が曖昧なものでした。

というのも、この会社「15時間30分」を1乗務とし、1乗務につき1万2500円を基本給としていたからです。

つまり、15時間30分につき1万2500円です。(これだけだと普通に最低賃金法違反ですが、実際はこれに歩合給や服務手当が付きます)

 

下級審はきちんと残業代を計算しなかった

15時間30分という労働時間は当然、法定労働時間の8時間を超えているため、1万2500円の中には「通常の労働時間の賃金」と「時間外労働の賃金」のどちらも含まれているはずです。

しかし、規定ではもちろん、下級審でもその内訳は判別されていません。

言い換えれば、下級審はこうした判別をすることなく「規定は無効だから未払い賃金を支払え」としていたわけです。

これでは、未払いとなっている残業代がいくらなのかが全くわかりません。

にもかかわらず、「規定は無効だから未払い賃金を支払え」というのでは、下級審の判断に違法があるといわざるを得ないと最高裁は判断したのです。

 

下級審は法定内所定外労働時間や法定外休日労働も無視

また、最高裁は法定内所定外労働時間の割増賃金や、法定外休日労働の割増率についても下級審の判断を批判しています。

詳しい計算方法は省きますが、この会社の残業代計算の方法ですと法定内所定外労働時間に割増賃金が上乗せされていたり、法定外休日労働にもかかわらず割増率が1.35倍(1.35倍となるのは法定休日労働であり、法定外休日労働の場合は通常1.25倍)となっています。

これらは法律上は支払う必要のない賃金ですが、下級審では「規定が無効だから関係ない(意訳)」といった感じで、上記のことを考慮に入れることなく判断を下しています。

こちらも、未払いとなっている残業代が本当はいくらなのか、という点をぼやけさせる判断となっています。

 

これらの理由から最高裁はもう一度、審理をやり直せと言っているわけです。

繰り返しになりますが、問題となっている規定自体は、差し戻しには関係ありません。

なので、正直「残業したらその分の残業代を歩合給から差し引く」という規定の有効性が気になる方には残念というか、物足りない判決かもしれませんが、今しばらく、裁判の行方を見守る必要がありそうです。

参考資料:平成27年(受)第1998号 賃金請求事件(今回の判決のPDFです)

今日のあとがき

判決読むのって難しい! しんどい!

気になってた裁判だったのと、判決がPDFで8Pだったので、軽く読めるかな、と思ってたら大間違いでした。

普段は、他の社労士や弁護士の方たちが、易しく解説したものでこうした労働判例を知るわけですが、自分でやると本当に骨が折れる・・・。

慣れないことはするもんじゃない、と思うと同時に、一方で、慣れないことをするのは勉強になるなあとも思いました(どっちだ!)。

あと、判決読んだ方で、もしわたしの記事の間違いに気づいた方はそっと教えていただけると助かります。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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