労災・雇用保険の改正

複数事業労働者への補償が強化!令和2年改正の労災保険法を解説

2020年2月6日

※ 3月31日に改正法案が国会を通過したので本文の一部を追記・修正しました。

前回解説した雇用保険同様、労災保険についても今国会での法改正が行われています。

今回の労災保険の改正では、長年の懸念点であった副業・兼業をする労働者の労災の補償にメスが入っており、改正内容の重要度も高いといえます。

この記事では、これまでの副業・兼業をする労働者の労災の問題点をおさらいしつつ、改正内容を解説していきたいと思います。

私の解説よりも、条文を直接読みたい、という方は以下をどうぞ。

雇用保険法等の一部を改正する法律案 法律案新旧対照条文(リンク先PDF 出典:厚生労働省)

 

改正の目的は副業・兼業を行う労働者(複数事業労働者)の保護

現行の労災保険法の制度は、副業・兼業を行う労働者、いわゆる複数事業労働者にとって非常に不利な制度となっています。

詳細は後述しますが、一つの事業場で働く労働者と比較して給付額が少ない、労災と認められないケースが出てくる、といった問題があるからです。

しかし、こうした問題は、働き方改革で副業・兼業を推進する国の方針とは合わないこともあり、これまで制度の検討が続けられてきました。

今国会で提出された改正法案では、こうしたことを踏まえ、複数事業労働者にとってのセーフティネットを整備をするため、制度の変更等が盛り込まれました。

 

複数業務要因災害

長時間労働やハラスメントも労働災害

労災保険では、業務中に起こった物理的な事故や災害だけでなく、長時間労働やセクハラ・パワハラといった、業務上、労働者にかかる強い負荷そのものを「労働災害」として扱います。

これにより長時間労働等によって発症した脳・心疾患やメンタルヘルスについても、被災者やその遺族に労災保険から給付が出る仕組みとなっています。

どれだけの時間、あるいはどれだけの負荷であれば労災に当たるかについては、厚生労働省が定める基準に基づいて判断されます。

 

法改正で「複数業務が要因となって起こる災害」も労災に

一方、現行の労災保険法ではこの基準は個々の事業場に当てはめて、労災かどうかの判断をしています。

例えば、一月にA事業場で40時間、B事業場で60時間の残業をしていた労働者が過労死してしまったとします。

現行の労災保険法の制度では、A事業場の残業時間が基準を超えていないか、B事業場で残業時間が基準を超えていないかだけをみて労災に当たるかどうかを判断します。

一方、A事業場とB事業場の残業時間を合算した時間については、判断の対象とはしません。

一般に過労死ラインと呼ばれる残業時間は「発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね80時間」なので、残業時間を合算すれば労災に当たるか可能性が高いにもかかわらず、残業時間を合算できないため、このケースでは労災と認められない可能性が高くなるわけです。

こうしたことを踏まえ、今回の労災保険法の改正では、複数就業先での業務上の負荷を総合的に判断できるよう制度が変更されました。先程のケースでいえば、A事業場とB事業場を合算した100時間の残業時間についても労災に当たるかどうかの判断材料とできるようになったわけです。

このように、複数就業先での業務上の負荷による労働災害を複数業務要因災害といいます。

 

複数業務要因災害とならない場合

ちなみに、複数業務要因災害は、複数の事業場での負荷を合算したときにはじめて労災基準を超える場合に該当するものとなります。

よって、複数事業労働者がメンタルヘルスや脳・心疾患に罹患し、それが労災と認められたとしても、一つの事業場のみで負荷の基準を満たす場合は従来の労働災害と同じ扱いとなり、複数業務要因災害とはなりません。

 

複数業務要因災害に被災した労働者のための保険給付

今回の改正では、複数業務要因災害に被災した労働者のため、以下の給付が新たに設けられました。

  1. 複数事業労働者療養給付
  2. 複数事業労働者休業給付
  3. 複数事業労働者障害給付
  4. 複数事業労働者遺族給付
  5. 複数事業労働者葬祭給付
  6. 複数事業労働者傷病年金
  7. 複数事業労働者介護給付

 

新設された給付のうち、従来の休業補償給付に当たるものが「複数事業労働者休業給付」、障害補償給付に当たるものが「複数事業労働者障害給付」となるように、、給付内容自体は従来の労災保険給付とほぼ同内容です。

つまり、複数業務要因災害の被災者であっても、従来どおりの保険給付が受けられるわけです。

ただし、給付内容は同等であっても、給付の手続きや申請様式は異なる可能性が高いため(通常の労災と通勤災害の違いを思い浮かべるとわかりやすいかと思います)、法改正後はそうした手続き面で注意する必要がありそうです。

 

複数事業労働者の給付額の計算方法

副業先で労災に遭った場合のリスク

複数事業労働者については、労災保険の給付面でも不利を抱えていました。

というのも、現行の労災保険法では、被災した事業場で受け取っていた賃金額をもとに給付額を算定するからです。

しかし、これだと複数事業労働者が労災に遭った場合、一つ事業場で働く労働者と比較して、収入の総額が同じであっても給付額が低額となってしまいます。

例えば、本業先の会社で月20万円、副業先の会社で月10万円の賃金を受けている労働者の場合、本業先で被災した場合は月20万円の賃金をもとに、副業先で被災した場合は月10万円の賃金をもとに、労災保険の給付額が決定されます。

仮に、複数事業労働者が副業先で被災した場合、極端に給付額が少なくなり、生活に困窮する恐れがあるわけです。

 

雇用されているすべての事業場の賃金を合算して給付額を計算

こうした問題を解決するため、今回の労災保険法の改正では、複数事業労働者の給付額については、複数事業労働者が個々の事業場でもらっている賃金を合算したものをもとに給付額を決定することになりました。

より厳密にいうと、被災した労働者が雇用されていた事業場のそれぞれの賃金を給付基礎日額(保険給付の給付額のもととなる額)とみなして計算し、それらを合算した額を基礎として、実際の給付基礎日額を決めることになります。

こうした合算の扱いは複数業務要因災害の被災者に限られるものではありません。

通常の労災や通勤災害であっても、被災した労働者が複数事業労働者であれば、雇用されているそれぞれの事業場の賃金を合算して給付基礎日額を決定します。

 

施行日

今回改正される労災保険法の施行日は「改正法公布の日から6か月以内」とされています。

この記事を書いている時点ではまだ改正法が成立していないので公布日は不明ですが、併せて改正される雇用保険等の中には施行日が令和2年4月1日のものがあるため、それまでには法律も改正される予定です。

よって、改正法の施行は遅くても令和2年10月1日までには行われるとみられます。

 

今日のあとがき

副業・兼業をする労働者に関する法制度の改革、まずは労災保険から、といった感じですかね。

雇用保険も今回の改正で65歳以上限定とはいえ、改正されますし、後は労働時間と社会保険の問題がどうなるか、といったところでしょうか。

あと、記事とは関係ないので多くは語りませんが(てか、あとがきは記事と関係ないことを書いてることの方が多いけど)、諸事情により、今日は朝方までアケコンのレバーを握っていたためかなり寝不足です。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 著書に「「働き方改革法」の実務」「定年後再雇用者の同一労働同一賃金と70歳雇用等への対応実務」「就業規則作成・書換のテクニック」(いずれも日本法令)のほか、「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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