はじめに
最低賃金は、すべての労働者に「これだけは必ず支払わなければならない」という賃金の下限を定めた制度です。
この最低賃金ですが、近年は毎年のように、しかも、大幅な引き上げが続いているため、労使ともに「賃金が最低賃金を下回っていないか」を確認する場面は増えているのではないでしょうか。
加えて、最低賃金という制度は
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地域別を適用すべきか、業種別を適用すべきか
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どの都道府県の最低賃金を適用すべき
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罰則や未払い賃金は大丈夫か
などのように、実務で判断に迷ったり、リスクとなる部分も少なくありません。
そのため、この記事では、最低賃金の「基本」と「必ず押さえておきたい注意点」を社労士がわかりやすく解説します。
なお、詳細な計算方法や、含めて良い手当・悪い手当については他記事でさらに深掘りしていますので、あわせてご覧ください。
最低賃金とは
使用者が労働者に支払う賃金の最低基準
最低賃金とは、雇用されて働く全ての人たちに賃金の最低額を保証する制度で、使用者から労働者に支払われる賃金の最低基準をいいます。
ちなみに、最低賃金を世界で初めて法制化したのはニュージーランドだそうです。
最低賃金が適用されるのは、雇用されて働く全ての労働者
最低賃金が適用されるのは「労働者」に対してです。
そして、最低賃金法でいう労働者とは、労働基準法上でいう労働者と同じです。そのため、以下の条件を満たす場合、最低賃金が適用されることになります。
- 職業の種類を問わず事業または事務所で
- 他人の指揮命令下で使用され
- 労働の対償として賃金を支払われる者
上記の要件に当てはまる限り、正規や非正規、派遣や嘱託といった雇用形態の違いにかかわらず最低賃金は適用されます。
請負や委託に最低賃金は適用されない
労働契約と似たものに委託契約や請負契約があります。これらは委託した業務や請け負った業務の成果に対して金銭が支払われるという、賃金と似たところがあります。
しかし、こうした委託料については最低賃金の適用はありません。
なお、こうした請負や委託の性質を利用して、労働契約を請負や委託と言い張る会社もありますが、業務の実態が労働契約であれば、契約書にいくら請負や委託と書いてあっても、労働契約とみなされる可能性があります
最低賃金には地域別と業種別の2つがある
この最低賃金ですが、実は、都道府県別に金額が異なる地域別最低賃金と、業種によって金額が異なる特定最低賃金の2つがあります。
地域別最低賃金
地域別最低賃金は、都道府県ごとに決まっているものです。
その地域の労働者の生計費や賃金、会社の賃金支払い能力など、地域の経済状況に合わせて定められています。
一般に最低賃金、という場合、基本的にこの地域別最低賃金を指します。
特定最低賃金
もう一つの最低賃金が、業種別最低賃金である特定最低賃金です。
この特定最低賃金は、全国を適用地域とするものと、都道府県ごとにその地域の主となる産業定めるものの2つがあります。ただ、基本的には後者の都道府県ごとに定めるものが一般的です。
このように地域ごとに特定の産業の最低賃金を定める理由は、その地域の主となる産業に人材が集まりやすよう、保護・後押しをするためです。
愛知県で特定最低賃金が定められている業種は以下のとおりとなります(他の地域については厚生労働省のサイトをご覧ください)。
愛知県
- 染色整理業
- 製鉄業、製鋼・製鋼圧延業、鋼材製造業
- はん用機械器具、生産用機械器具、業務用機械器具製造業
- 計量器・測定器・分析機器・試験機、光学機械器具・レンズ、時計・同部分品製造業
- 電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業
- 輸送用機械器具製造業
- 各種商品小売業
- 自動車(新車)、自動車部分品・付属品小売業
- 自動車(新車)小売業
どちらが優先される?
地域別と特定最低賃金、どちらが優先されるかというと、額の高い方が優先されます。
以前は、特定最低賃金の方が地域別よりも金額が高いのが普通だったので、特定最低賃金が優先されることが多かったのですが、近年は地域別最低賃金が急速に上がっていること、特定最低賃金が滅多に変更されないことから、地域別最低賃金の方が高いことも珍しくありません。
なお、出張で働く場所を転々とする、県をまたいで労働者派遣で派遣されるといった、どの最低賃金を適用していいか迷う場合の判断については、以下の記事で解説していますので、気になる方はこちらもどうぞ。
どの最低賃金を適用?テレワークや派遣等の最低賃金の考え方を解説
賃金が最低賃金を下回っている場合
会社の支払う賃金が最低賃金を下回る場合、様々なペナルティがあります。
罰金や懲役の対象になることも
まず、最低賃金法に定められている最低賃金関連の罰則は以下の通りとなります。
| 地域別最低賃金および特定最低賃金未満の場合 | 50万円以下の罰金 |
| 最低賃金法違反を監督署に申告したものに対する不利益取り扱い | 6月以下の懲役又は30万円以下の罰金 |
| 最低賃金で働く者に対する周知義務違反、厚労省や監督署の調査に対する虚偽の報告 | 30万円以下の罰金 |
労働行政の慣例として、最低賃金法違反で即逮捕・送検ということはあまり考えられませんが(是正勧告などの行政指導が先に行われる)、違反状態が続けば、逮捕・送検も十分にありえます。
労働者からの未払い賃金の請求
最低賃金未満の給与しか支払っていない場合、給与と最低賃金の差額は未払賃金となります。
賃金の未払いは労働基準法24条違反となり30万円の罰金の対象となる上、当然、労働者から請求があれば支払わなければなりません。
ここ数年の最低賃金は毎年、大幅な上昇を見せています。そのためいつの間にか下回っていたということがないように、最低賃金に近い労働者の賃金については常に気にかけておきましょう。
最低賃金の計算の際に含めない手当等と計算方法
上記のようなリスクがあるため、最低賃金以上の賃金が支払われているかについて、会社は細心の注意を払う必要があります。特に最低賃金の変更が行われる10月前後は注意が必要です。
一方で、支払っている賃金が最低賃金以上となっているかを確認する際の「賃金」についても、注意しないといけないことがあります。
なぜなら、最低賃金の中に含めてはいけない手当等があるからです。
こうした手当等を含めたまま計算してしまうと、「最低賃金を超えているから問題ない」と思っていても「実は下回っていた」ということが起こりえます。
こうした最低賃金に含める・含めない手当や、実際の計算方法については、以下の記事で詳しく解説しているので、こちらをどうぞ。
まとめ
最低賃金は「守らないと罰則がある制度」であるだけでなく、企業の賃金体系そのものに影響を与える重要なルールです。
特に近年は最低賃金が毎年のように引き上げられているため、「去年は問題なかった給与が、今年は最低賃金を下回っていた」というケースも珍しくありません。
こうしたことを避けるには、
- どの地域の最低賃金を適用するか
- どの手当を含めて計算してよいか
- 月給や年俸をどのように時給換算するか
といった点を正確に理解しておく必要があります。
「自社の賃金体系が最低賃金を下回っていないか心配」
「従業員の給与体系を見直したい」といった場合は、お気軽に当事務所へご相談ください。
実情をヒアリングしたうえで、リスクのない形に整備するサポートを行っています。
