「うち、雇用契約書つくってないけど大丈夫?」
実は、そういう会社は少なくありません。
特に小規模事業やスタートアップでは、「入社のときに口頭で条件を伝えて終わり」というケースもよくあります。
そして意外に思われるかもしれませんが、雇用契約書を作っていないこと自体は、法律違反ではありません。
法律上は「口頭の合意」でも労働契約は成立する
契約の成立には、当事者の合意だけで成立する諾成主義と、書面等の一定の方式を踏まなければ成立しないけい形式主義の2つの考えがあります。
たとえば、ものの売買をするとき、形式主義だと八百屋で人参買うのにも(今どき八百屋もなかなか見かけませんが)いちいち契約書が必要となります。しかし、諾成主義なら八百屋さんと合意すれば書面がなくても物を買うことができます。
日本は契約に対して前者の諾成主義を取っているため、上の例だと八百屋さんと合意さえあれば書面がなくても物の売買は可能なわけですが、一方、雇用契約もまた契約です。
そのため、当事者の合意さえあれば雇用契約を締結する際に、必ずしも書面で結ぶ必要はないというわけです。
労働条件通知書の交付義務に注意
労働条件通知書と雇用契約書の違い
ただ、雇用契約書の作成が義務ではない一方で、忘れてはいけいないのが、労働条件通知書の交付は義務です。
法律と条文で言うと、労働基準法第15条にて、会社は賃金・労働時間・契約期間などの基本条件を書面で明示する義務を負っています。
労働条件通知書と雇用契約書で何が違うのか、疑問に思う人もいると思いますが、労働条件通知書はあくまで「労働条件を通知するための書類」。一方、雇用契約書は「会社と労働者の合意」を証明する書類となります。
労働条件通知書について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
労働条件通知書とは|絶対的・相対的明示事項、最新改正対応完全ガイド
書面で結ぶ最大のメリット:「言った・言わない」をなくす
法律上は口頭でも成立する、とはいえ、現場では書面がないことでトラブルが起こりやすくなります。
たとえば、
- 「リモートワークOKって聞いてた」
- 「最初は契約社員だけど、すぐ正社員にするって言われた」
- 「ボーナスがあると聞いた」
こうした言った・言わないの食い違いは、ほぼすべて書面の不備から生じると言っても過言ではありません。
そして、一度トラブルになると、労働者側のモチベーションの低下や離職リスク、あるいは労働基準監督署に駆け込むなど、様々な問題が発生する可能性が出てきます。
雇用契約書なら労働条件以外のことも労使間で「約束」できる
それでも、こうした内容が労働条件通知書に記載のあるのなら、それで問題ないと考える人も多いでしょう。
確かにその通りなのですが、労働条件通知書に記載されるものは、賃金・労働時間・契約期間などの「労働条件」に限られます。
一方、雇用契約書は会社と労働者の合意による「約束事」を定める書類です。
そのため、会社が労働者に対して約束する「労働条件」の他に、労働者が会社内で守らないといけないルール(服務規律)や、労働者が会社内でやらないといけないことを約束させることもできます。例えば、以下のとおりです。
- より詳しい業務内容・求める業務の水準
- 服務規律・会社のルールに従う義務
- 秘密保持義務(守秘義務)
- 知的財産権の帰属
- 競業避止義務 など
ルール(就業規則)よりも、約束(契約)が有効な場面も
業務内容や業務の水準を除けば、上記の内容は就業規則で定めればいい、と思うかもしれません。確かに上記の内容は就業規則にも当然に定めるべきものではあります。
しかし、就業規則は会社側が主導で定めるルールである一方、雇用契約は何度も言うように、会社と労働者の「約束事」になります。つまり、就業規則に書いてあるだけだと「知らなかった」と言い逃れされるかもしれません。法律上は、きちんと周知がなされている限り、こうした言い逃れはできないのですが、こと労務の現場となるとそういう理屈が通じない場面があるのはみなさんご存知でしょう。しかし、雇用契約ではそれが難しいと言えるわけです。
また、雇用契約書は労働者ごとの個別の条件を労働者ごとに違いを明確にできる点も、就業規則と明確に違う部分となります。
雇用契約書は「会社を守る盾」になる
このように、雇用契約書があると、以下のようなリスクを防ぐことができます。
- 労働条件の誤解を防ぐ(勤務時間・残業・勤務地など)
- 退職・賞与・昇給などのトラブルを回避
- 労働者に対して、「こういうことをしないといけない」「これはやってはいけない」を約束させられる
- 監督署の調査や労使トラブルにも堂々と対応できる
このように、雇用契約書は就業規則と並ぶ「会社の盾」といえるわけです。
形式的に見えるかもしれませんが、作成することで結果的に経営リスクを大きく減らせるといえるでしょう。
(補足)雇用契約書の法律的な位置づけ
労働契約法第4条2項
最後に、雇用契約(労働契約)の法的な位置づけについて見ておきましょう。
労働契約法第4条第2項には、次のように定められています。
ただし、労働契約法第4条2項にあるように、できる限り書面で確認
(労働契約の内容の理解の促進)
第四条 使用者は、労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする。
2 労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む。)について、できる限り書面により確認するものとする。
そのため、法律的な観点で見ても、雇用契約書は作成しておくに超したことはありません。
雇用契約と労働契約
なお、雇用契約と労働契約という言い方については、基本的に民法は雇用契約、労働法は労働契約といいます。
両者に法的な違いがあるかどうかは議論があるようですが、実務上はあまり気にする必要はありません。
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