令和5年4月に解禁され、令和6年8月に第一号のサービスが始まった給与のデジタルマネー払い。
令和8年3月現在、利用が進んでいるとは言いがたい状況ではありますが、若年層を中心にデジタルマネーの利用は広がっており、今後、給与の受け取り方法についても選択肢の一つとして関心を持つ人が増えていく可能性は十分にあります。
そのため、この記事では、
- 給与のデジタルマネー払いとはどのような制度なのか
- 利用できるサービスはどれか
- 会社が導入する場合に必要な手続き
について整理していきます。
給与のデジタルマネー払いとは
給与のデジタルマネー払いとは、その名の通り、給与をデジタルマネーで支払うことをいいます。
労働基準法では原則、給与の支払いは現金で行うことが定められていて、実は、銀行口座の振込による支払などはこの原則の例外的な扱いだったりします。
この例外にデジタルマネーも追加されたわけですが、このデジタルマネー、デジタルマネーだったら何でもOKというわけではありません。
給与支払が可能なデジタルマネーの種類
まず、給与として支払えるデジタルマネーは「資金移動業」によるデジタルマネーである必要があります。
資金移動業? と思った人も多いかも知れませんが、そもそもデジタルマネーには以下のようにいくつも種類があります。
| デジタルマネーの方式 | お金の動き | 代表例 |
| 前払式支払手段(プリペイド式) | 前払い。事前に入金することで利用が可能となるが、原則、出金は不可能 | Suicaなどの交通系電子マネー、waonやnanacoなどの流通系電子マネー、PayPay(PayPayマネーライト)など |
| ポストペイ式 | 後払い。 | クレジットカード、iD、QUICPay |
| 資金移動業 | 為替取引。一度入金しても、支払い以外に出金することも可能 | PayPay(PayPayマネー)、楽天ペイ、au PAY、メルペイなど |
上記のうち、前払式支払手段とポストペイ式については、直感的にわかりやすく、また馴染みのある方式なので問題ないでしょう。
一方、資金移動業についても、言葉はわかりづらいですが「PayPayのように入出金が可能なデジタルマネー」といえば、何となくわかってもらえるのではないでしょうか。
いずれにせよ、現行法で給与支払が許可されているデジタルマネーはこの資金移動業のみです。
給与のデジタルマネー払いが可能な指定資金移動業者とは
この給与のデジタルマネー払いですが、どの資金移動業のデジタルマネーでもできるわけではありません。
厚生労働省の指定を受けた指定資金移動業者による資金移動業のデジタルマネーである必要があります。
この厚生労働省の指定に当たっては、万が一、業者が破綻した場合の利用者の資金を補償できる仕組みを持っていないとダメなど、かなり厳しい要件が課せられています(※1)。
そのため、給与のデジタルマネー払いだから、労働者の給与が守られない、ということはないと考えていいでしょう。
実際、令和8年3月現在、4社がこの指定を受けていますが、以下のとおり、4社とも日本を代表する大企業ばかりです。
| 事業者 | サービス名 | 受取上限額(※2) | 主な特徴・補足 |
| PayPay株式会社 | PayPay給与受取 | 20万円 | 日本初の指定業者。利用者数が多く、PayPay決済と直接連携。
実際の導入事例が比較的多い |
| リクルートMUFGビジネス | COIN+給与受け取り | 30万円 | 上限額が最も高い。MUFG系の決済基盤。
現状は「前払い」用途中心のサービス。 |
| 楽天Edy株式会社 | 楽天ペイ給与受取 | 10万円 | 楽天ペイ・楽天経済圏と連携。
楽天ユーザーには親和性高い。 |
| auペイメント株式会社 | au PAY給与受取 | 10万円 | KDDI系。au PAY残高として利用可能。
仮想口座方式とBチャージ方式の2種類あり。 |
※ 給与のデジタルマネー払いのサービスの指定条件は以下のとおりです。
- 口座残高が100 万円を超えることがないようにするための措置、又は100 万円を超えた場合でも速やかに100 万円以下にするための措置を講じている
- 破綻等した場合に、口座残高の全額を速やかに弁済できる仕組みを有している
- 第三者の不正利用等に関して、その損失を補償する仕組みを有している
- 最後に口座(アカウント)を動かしてから少なくとも10 年間、口座(アカウント)を利用できるための措置を講じている
- 資金移動が1円単位でできる
- ATMを利用すること等により、通貨で、1円単位で賃金の受取ができ、かつ、少なくとも毎月1回はATMの利用手数料等の負担なく賃金の受取ができる
- 業務の実施状況及び財務状況を適時に厚生労働大臣に報告できる体制を有する
- 賃金の支払に係る業務を適正かつ確実に行うことができる技術的能力を有し、かつ、十分な社会的信用を有する
※2 給与のデジタルマネー払いではデジタルマネーで受け取った給与を保有できる額の上限が決まっており、上限を超えた場合は労働者の指定する口座に振り込まれます。
給与のデジタルマネー払い導入に必要な手続き
給与のデジタルマネー払いを会社が導入する場合、必要な対応は大きく次の2つです。
1 社内制度の整備
2 デジタル給与サービスとの連携
給与のデジタルマネー払いに当たっての社内制度の整備
就業規則の改定
デジタル給与は賃金に関わることなので、就業規則にその旨を定める必要があります。
労使協定の締結
銀行の口座振込同様に、デジタル給与に関しても労使協定の締結が必要です。
なお、銀行の口座振込の労使協定とデジタル給与の労使協定の2つは、1つにまとめてしまうことも可能です。
同意と口座情報の収集
最後にデジタル給与を希望する労働者から同意を得て、さらに口座情報の収集を行うことになります。
デジタル給与の同意を労働者から得るに当たって、会社は、
- 金融機関の口座又は証券総合口座への賃金支払も併せて選択できるようにする
- デジタルマネーによる給与支払について必要な事項を説明する
の2つ条件を満たした上で行う必要があります。
なお、デジタル給与の同意を得るに当たっての「同意書(兼口座情報収集)」の様式例は、すでに厚生労働省のHPで公表されています。
デジタル給与サービスとの連携
一方、給与のデジタルマネー払いを行う各社と会社は、どういった手続きを行えばいいかというと、以下のとおりです。
| サービス名 | 会社側の手続き | 労働者側の手続き |
| PayPay給与受取 | 追加契約不要(労働者から提出された入金用番号に振込) | PayPayのアプリからPayPay給与受取に申し込み、入金用番号を取得。それを会社に提出 |
| COIN+給与受け取り | Airワーク給与支払の利用が必須 | COIN+のアプリから銀行口座登録 |
| 楽天ペイ給与受取 | 導入申し込み→必要書類の提出→企業コードの受領 | 楽天ペイアプリから利用申し込みをし、楽天ペイ給与口座情報を提出 |
| au PAY給与受取 | 企業登録申込書を提出 | アプリからではなく、勤め先に問い合わせ |
4社のうち、COIN+、楽天、auの3社が労働者だけでなく、会社側の登録も求める一方、PayPayについては会社側の手続きは不要としています。
そのため、就業規則や労使協定、労働者の同意といった会社側の制度さえ整えば、後は、銀行口座振込と同じように給与を支払えるという点で、他のサービスにはアドバンテージがあります。
給与のデジタルマネー払いが向いている企業
給与のデジタルマネー払いは、現時点ではまだ広く普及している制度ではありません。一方で、以下のような企業では導入を検討する余地があります。
若年層の労働者が多い企業
若い世代では銀行口座よりも、PayPayなどのデジタルマネーを日常的に使っている人も少なくありません。
そのため、給与の一部をデジタルマネーで受け取れるようにすることで、福利厚生の一つとしてアピールできる可能性があります。
採用面でのアピールを考えている企業
給与の支払方法を柔軟にすることは、求人の際のアピールポイントになる可能性があります。
特に、若年層の採用を重視する企業では、デジタル給与の導入が採用面でプラスに働くケースも考えられます。
スポットワークの内製化を考える企業
タイミーに代表されるスポットワークですが、最近では、マクドナルドやすかいらーくなどの大手企業で、このスポットワークを内製化する動きがあります。
スポットワークでネックになるのが給与の支払いで、銀行口座振込による即日払いだと手数料が普通より多くかかるケースもあります。
一方、デジタルマネー払いの場合、手数料の面で有利ということもあり、スポットワークを内製化する場合、デジタルマネー払いを検討すべきでしょう。
まとめ
給与のデジタルマネー払いについて、率直にいうと、やっていることは、労働者側の、デジタルマネー口座へ入金の手間を省いているにすぎません。
そのため、現状は会社にとっても労働者にとっても魅力の薄い制度と言わざるを得ないのが現状です。
ただ、若年層を中心にデジタルマネーの利用が広がっているのは事実ですし、スポットワークの内製化が進み、大企業でのデジタルマネー払いが普及すると、中小企業でも対応が必要となる場面は増えてくることでしょう。
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給与のデジタルマネー払いを導入する場合、
・就業規則の整備
・労使協定の締結
・労働者の同意取得
など、労務管理上の対応が必要になります。
制度導入や就業規則の見直しについては、社労士に相談することでスムーズに進めることができます。
社会保険労務士川嶋事務所では、名古屋市および周辺地域の中小企業を中心に、就業規則の作成・改定を行っています

