労務管理

1.労働基準監督署の調査への心構え

2016年6月7日

最近では、労働基準監督署から労働基準監督官が突然やってきて調査を行うことが増えてきています。

調査の目的はそのときどきにおいて様々ですが、労働基準法や労働安全衛生法といった労働法違反がないかを監督官が調査することは共通です。その際、監督官は労働者に証言を求めたり、必要な資料の提出を会社に求めたりすることがあります。

つまり、監督署の調査とは、あなたの会社が労働基準法や労働安全衛生法その他労働諸法令に違反していないかを調査するためのものなのです。

調査で、仮に違反が見つかったとしても、慌てる必要はありません。

 

1. 監督署調査の真の目的

労働基準監督署の調査は、違反を見つけて会社やその経営者を逮捕・送検するのがメインの目的ではなく、違反を見つけてそれを是正することが第一の目的だからです。

これは、会社やその経営者に逮捕・送検などの処分を下すと、その会社の経営に大きな影響が生まれ、結果的にそこで働く労働者の生活を不安定にしてしまう可能性があるからです。

簡単に逮捕・送検するよりも、軽微で悪質性のない違反であれば、会社が自主的に是正するほうが労働者を守ることに繋がる、という考えのもと、労働基準監督署の調査は行われるのです。

なので、労働基準監督官が突然やってきて調査を受けたからといって、慌てる必要はありません。

以下では監督署の調査についてより詳しく解説しています。

 

2. 労働基準監督署の調査への心構え

まず、覚えておかなければならないのは、監督署の調査というのは基本的に「任意」であることです。

行政手続法第32条

  1. 行政指導にあっては、行政指導に携わる者は、いやしくも当該行政機関の任務又は所掌事務の範囲を逸脱してはならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方の任意の協力によってのみ実現されるものであることに留意しなければならない。
  2. 行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない。

そのため、上記の条文の通り、仮に会社が調査に対して「任意の協力」を行わなかった場合も、監督署は会社に対して不利益な取り扱いをしてはいけないことになります。

とはいえ、監督署の調査を理由もなく拒否することは得策ではないでしょう。相手の心象が悪くなるのは事実ですし、基本が任意なだけであって、「強制」で行うこともできるからです。(この場合、調査ではなく捜査されてしまいます)

ではどうすればよいのでしょうか。

監督署の調査はあくまでも任意なのだから、例え調査を行うにしても、監督署や監督官は会社の都合にきちんと配慮しなければいけません。そうした配慮のない調査は監督官の権限を逸脱しています。

なので、監督官の突然の来訪に対して会社は、監督官の言いなりになるのではなく、繁忙期等で会社に監督官対応を行う余裕がないときには日をあらためてもらうなど、監督官に対してきちんとこちらの都合を説明することが重要です。

監督署の調査だからといって、会社が監督署の言いなりになる必要はないのです。

 

3. 労働基準監督署調査の流れ

労働基準監督署が、労働法違反してないかどうか会社を調査する場合、以下の2つの選定方法があります。

  • ランダムに選定する場合
  • 労働者からの申告がある場合

前者の場合であれば、労働基準監督官が突然やってきて調査を受けたからといって、慌てる必要はありません。別に疑われているわけでもないですし、諸法令への違反がなければそれでおしまいです。

仮に法令違反があった場合でも、悪質なものでなければ、今後是正していけばいいわけですからね。

逆に後者の場合だと、調査にやって来る労働基準監督官ははじめから、違反の疑いを持って会社にやってきます。

ただ、法令違反があった場合でも、悪質なものでなければただちに逮捕・送検ということはないので、下手に隠し立てせず、違反事実を真摯に受け止め、今後の是正につなげていけばよいのです。

 

3.1. 是正勧告に法的拘束力はないが…

監督官の調査が終わり、その結果、法令違反がある場合、労働基準監督官は是正勧告を行います。

この是正勧告は「法令違反の状態をただちに解消しなさい」という勧告、勧めで法的拘束力があるわけではありませんが、労働基準監督官には逮捕・送検の権限があることも忘れてはいけません。

つまり、是正勧告に従わずいつまでも法違反の状態のままでいると、逮捕・送検されるリスクが高まってしまうわけです。

よって、相手に、違反の事実を真摯に受け止め、反省し、今後改善していく意思を見せるためにも是正勧告に従い、法令違反の状態を解消する必要があるのです。

そして、法令違反の状態を解消できたなら「是正報告書」を監督署に提出すれば、一連の調査は無事終了となります。

 

4. 是正勧告と指導の違い

4.1. 是正勧告

労働基準監督署の調査が行われ、なんらかの労働法令違反があった場合、労働基準監督官から是正勧告が出されます。

是正勧告とは「法律に違反しているので直してください」というものです。

法的拘束力があるわけではありませんが、労働基準監督官には逮捕・送検する権限があるので、勧告に従わず、法令違反を放置していると、逮捕・送検のリスクが高まります。

よって、サッカーで言うイエローカードを出されたと思って、真摯に法令違反の是正に取り組むべきでしょう。

 

4.2. 指導票

是正勧告とは別に、指導票というものを出されることがあります。

指導票とは、明確な法令違反ではないものの、法令の目的に沿うためや労働者を守る目的で、会社に対してああしてくださいこうしてくだい、ということが書かれています。

「年次有給休暇が取りやすいにしなさい」とか「残業をもっと減らしてください」みたいな内容が多いのですが、こうした指導票には必ず従わなければならないのでしょうか。

これはその時の状況によります。

例えば、労働者からの申告で調査が行われている場合、監督官の心象は元々良くありません。それに加えて指導票に従わないとなると、いくら不利益取り扱いは禁止されているとはいえ、監督官の心中は穏やかではないでしょう。法令違反を反省している姿勢を見せるためにも、指導票に従ったほうがいい、というときもあるわけです。

 

5. 労働基準監督官とは何者なのか

2013年のドラマ「ダンダリン」の影響により、労働基準監督官が警察と同じように逮捕権限や家宅捜索の権限を持つことを知っている人は、以前よりも増えました。

しかし、その印象が強すぎるせいか、はたまた昨今のブラック企業問題のためか、労働基準監督官がそうした権限をめったに行使しないことに対する監督官の風当たりも強まっているように思えます。

ただし、監督官がめったにそうした権限を行使しないのには理由があります。

まず、労働法の違反は一般的な犯罪と異なり、経営者が知らず知らずのうちに違反している場合が多いのですが、にも関わらず、法違反即逮捕では、会社を起こそうと考える人がいなくなってしまいます。

また、経営者が軽微な法違反で簡単に逮捕されてしまっては、そこで働く労働者の生活も不安定になってしまいます。中小企業などでは会社とはイコールで経営者のことであり、経営者がいなくなった会社がどうなるかは火を見るより明らかでしょう。

労働者を守るための法律のために労働者の生活が不安定になってしまっては、本末転倒というわけです。

そのため、監督官たちは、調査の際は法違反即逮捕ということはめったにせず、是正勧告を行うわけです。

 

6. 労働基準監督官の権限の限界

警察や税務署をはじめとする行政機関には、市民の身柄を拘束する権限や、憲法で認められている財産権を制限し租税する権限といった、絶大な権力が与えられています。

そうした絶大な権力を制限するため、憲法では法に基づく適正手続(デュー・プロセス)を義務付けています。

憲法第31条

何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

しかし、権力を扱うのは人であり、権力は人を惑わします。そのため権力は常に暴走するリスクを内包しており、ひとたびその権力が暴走を始めると、袴田事件のように市民の権利を著しく侵害し、人の一生を根こそぎ奪いかねないような事態に陥る可能性があるわけです。

 

6.1. 監督官に未払賃金の支払いを命令する権限はない

警察や検察の冤罪と比較して、ほとんど話題にはなりませんが労働基準監督署はそうした公権力の濫用を常習的に行ってきた行政機関の一つです。

時間外労働などの残業手当の未払いに関して、労働基準監督署は是正を行うよう勧告を行ったり、事業主を逮捕・送検する権限を持っていますが、未払い分の賃金の額を確定したり、その未払賃金の支払を命令することはできません。

なぜなら、未払い分の賃金の額を確定したり支払を命令するといった行為は、司法の仕事だからです。

また、労働基準法101条では

(労働基準監督官の権限)
第百一条  労働基準監督官は、事業場、寄宿舎その他の附属建設物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる。

と上記のように、監督官の権限を定めていますが、では、会社は臨検や書類の提出を絶対に拒めないかといえば、そういうわけではありません。

刑事ドラマを思い浮かべてください。がさ入れしたり証拠の押収をする際は、裁判所の令状が必要です。

監督署の臨検はあくまで行政指導の一環で、相手の任意の協力があって成り立つものです。明らかに、警察の強制捜査等に比べ、力は弱い。にもかかわらず、令状等なく、臨検や書類提出の要求を強制できるか、といえば、法律同士のバランスを考えても考えづらいわけです。

労働基準監督署や労働基準監督官といえど、その権限は無限ではないのです。

 

6.2. 国会答弁でも否定される監督署の権限

こうした労働基準監督署の監督官の権限について、裁判所の判例はないものの、平成22年の国会答弁で、当時衆議院銀だった村田吉隆氏の、以下の質問に対して、

五 昭和六十二年五月二十二日の朝日新聞朝刊によれば、旧労働省の労働基準局監督課長松原東樹氏の話として、基発第一一〇号昭和五十七年二月十六日に関し、「指摘された通達は、監督官の業務指針として出した内部文書だ。三カ月という限度を設けたのは、割増賃金の対象となる労働時間の調査が大変手間どる作業で、一年も二年もさかのぼるのは不可能に近く、三カ月ぐらいなら何とか調べられると判断したからだ。それに、未払い分の支払いを命じる権限は、労基法上はない。しかし、何もしないのはまずいので、勧告している。」と、監督行政における遡及是正のコメントが示されている。
ここで、課長は「監督官には、未払い分の支払いを命じる権限は、労基法上はない」と発言しているわけだが、当時と現在とで事情が異なっているのか。仮に異なっているとしたならば、その理由も明らかにされたい。

※ 強調は筆者による

労働基準監督機関の役割に関する質問主意書  提出者 村田吉隆

当時首相であった、民主党の菅直人氏は

五 現在、労働基準監督官が、労働基準法上、同法に違反して支払われていない賃金の支払を命ずる権限を有していないことは、昭和六十二年当時と同様である。

※ 強調は筆者による

衆議院議員村田吉隆君提出労働基準監督機関の役割に関する質問に対する答弁書

と答えています。

 

残念ながら、監督署の調査対応をしていると、明らかに度の超えた、それこそ監督官の権限を超えた指導が行われることがあります。

それは、労働者を守るための純粋な気持ちからくることもあれば、大きな権限を持つところによる「思い上がり」からくることもあります。

こうした調査・指導に付き合うことは、特に規模の小さな会社の場合、会社の人的資源を摩耗させることになります。

監督署の調査は行政指導であり、相手方の任意の協力があることが前提ですので、こうした場合には、調査・指導には従えないことをはっきりと述べることも一つの手段です。

行政指導は、違法な指導があった場合にも行政訴訟を起こせない代わりに、任意なので、従わないこともできるわけです。

 

7. 違法と思われる調査への実際の対応例

7.1. 調査・指導を拒否するのであれば根拠が必要

しかし、単に調査・指導に従わないだけでは、労働基準監督官の心象を悪くしてしまう可能性があります。

行政指導に従わないことを理由に不利益取り扱いしてはならないと、行政手続法には規定されていますが、相手も人の子です。強制的な手段に出ないとも限りません。

そうしたときに、社労士がいれば、きちんと法的根拠を上げつつ理路整然と、監督署の調査の違法性を指摘しつつ、調査・指導を拒否することができます。

ただし、ただの社労士ではダメです、限られた、きちんと監督署対応ができる社労士というのは、全国でも限られているからです。そして、川嶋事務所ならそれができます。

 

7.2. 不適切な調査・指導への具体的対応例

1つだけ事例を上げましょう。

それは、未払い残業代についての指導でした。

すでに述べたように、監督署には未払い残業代を支払わせる権限はありません。

相手もそれをわかっているためか、最初は指導票で「未払い残業がある場合は払ってください」程度のものでしたが、未払い残業の存在を知るやいなや、態度を変え、「いくら払うのか」「いつまでに払うのか」といったことを細かく報告するよう要求するようになりました。

これでは、いくら指導といえども実質的に命令しているも同然ではないか、と思い、川嶋事務所の所長の川嶋自らがその旨の上申書を執筆、提出することで、違法な指導はやめさせることができました。

勘違いしてもらいたくないのは、川嶋事務所はいたずらに労働基準監督署などの各役所と揉め事を起こすことを良しとしてはいません。

しかし、公権力の暴走はときに人の一生を台無しにし、罪なき人間の命さえも奪いかねません。そうした観点から、社会保険労務士川嶋事務所は監督署や監督官の言いなりになるのではなく、反省すべき点を反省する一方で、監督官に対して主張すべき点はきちんと主張する調査対応を行っております。

 

8. まとめ

労働基準監督署の調査は、会社を摘発することが目的ではありません。会社の法令違反を是正し、労働環境を改善することが本来の目的です。

そのため、会社としても違反を隠す、といった姿勢は逆効果である一方、任意調査であることを踏まえ、必要なときはきちんと会社の都合を説明するなど、冷静に対応することが重要です。

また、是正勧告や指導票は、放置してしまうと逮捕・送検のリスクが高まります。違法・不相当な調査への対処には、監督署対応に精通した社労士のサポートが有効です。

当事務所では、主張すべき点は主張しながら、会社を守りつつ適切な是正につなげる調査対応を行っています。突然の調査にも慌てず、まずはご相談ください。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。 「会社の成長にとって、社員の幸せが正義」をモットーに、就業規則で会社の土台を作り、人事制度で会社を元気にしていく、社労士兼コンサルタント。 就業規則作成のスペシャリストとして豊富な人事労務の経験を持つ一方、共著・改訂版含めて7冊の著書、新聞や専門誌などでの寄稿実績100件以上あり。

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