副業・兼業

労働時間の通算の方針転換により副業・兼業を禁止することは困難に

2019年7月11日

副業・兼業については、特に労働時間の通算に関して大きな問題があると、筆者はこのブログや雑誌媒体・書籍で何度も指摘してきました。

しかし、以下の記事によると、どうやらこの問題も近いうちに解消されるのかもしれません。

副業の残業時間管理、柔軟に 厚労省方針

 

ダブルワーク型副業の現状の問題点

副業・兼業には大きく分けて、正社員などどこかで雇用されつつ自営やフリーランスとして働く「自営・フリーランス型」と、2カ所以上で雇用される「ダブルワーク型」があります。

このうち、労働時間その他、副業・兼業で問題となるのはほとんどが後者の「ダブルワーク型」です。

労働時間でいえば、複数の会社で雇用される場合、それぞれの会社で働いた分の労働時間を通算する、という規定が労働基準法にはあります。

労災保険だと、複数の会社で働いていても労災自体は適用されるものの、労災が起こった先の賃金が基準となるため、副業先で労災に遭うと給付が少なくなる可能性が高くなります。

社会保険は複数事業所で加入できるものの、労働時間の要件が厳しく現実的ではありません。

そして、上記の内で最も問題が大きい、あるいは副業・兼業の妨げになっているとされるのが労働時間の問題です。

 

現在の副業・兼業と労働時間の問題

労働基準法38条にはこうあります。

(時間計算)
第三十八条 労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する。

この「事業場を異にする場合」には使用者が同じ場合(同じ会社で事業場が異なる場合)はもちろんのこと、使用者が異なる場合(会社が異なる場合)も含めるかどうかで、解釈が分かれていました。

厚生労働省はこれまで「使用者が異なる場合も含める」という考えを示しており、昨年公表された副業・兼業ガイドラインでもそれを踏襲しています。

別々の会社の労働時間を通算するということは、通算した労働時間が法定労働時間を超える場合の割増賃金を支払わなければなりません。また、今年の4月から順次開始されている時間外労働の上限規制の一部上限に関しても、通算した労働時間で考える必要があります。

そうしたことが果たして可能なのか、というと、はっきり言って現実的ではない

会社が他で副業している社員の、副業先での労働時間数を知る手段は、基本的には副業をしている本人に聞くしかありません。

また、そもそも、労働基準法の他の制度の兼ね合いから、どのように通算して割増賃金を支払えばいいのか解釈に困るようなパターンもあります。

例えば、どちらかの会社がフレックスタイム制、どちらかの会社が1か月単位の変形労働時間制みたいになっていたときに、どうやって通算して割増賃金を計算するのかという話なのです。

(この辺の詳しい話は拙著「改訂版 「働き方改革法」の実務」でも詳しく解説しています。)

割増賃金や時間外労働の上限規制において、異なる事業場の労働時間は通算しないことを検討

このような問題があるため、特にダブルワーク型の副業・兼業については会社側は及び腰、わたしも拙著等で解禁には消極的な扱いをしてきました。

しかし、今回の報道によると、労働時間の通算しないことを厚生労働省は検討しており、時間外労働の上限規制については「事業主が健康確保措置を講じることを前提に、通算せず事業主ごとに管理する」割増賃金についても「(労働時間を)通算せず事業主ごとに支払いを義務付ける」といったように、実態に沿った制度設計を求めるとしています。

ただし、これらの考えはあくまで厚生労働省が報告書案の中では「あくまで考えられる選択肢の例示」ともしており、実際に実現されるかどうかは今後の労働政策審議会次第となります(審議会では労働者側の代表も参加するため反発が予想されます)。

 

いよいよ副業・兼業を禁止することは難しくなる

労働時間の通算は副業・兼業禁止の口実として機能していた

一方、現実に異なる事業場での労働時間の通算の必要性がなくなり、割増賃金や上限規制の時間に関しては、それぞれの会社ごとの労働時間で判断するとなると、今後はいよいよ労働者の副業・兼業を禁止することは難しくなることでしょう。

筆者自身は、これまでダブルワーク型の副業・兼業の解禁に消極的で、副業・兼業ガイドラインの記載に反し、届出制ではなく許可制とすべきとしてきました(その代わりといっては何ですが、自営・フリーランス型の副業については積極的な立場ではありました)。

それは労働時間の通算がもたらす事務手続き等の会社への負担増や、本来、労働者の自由な時間であるプライベートな時間を使った副業時間を会社が管理しないと行けないということへの違和感が理由でした。

 

通算する必要がなくなれば企業の負担は激減

しかし、労働時間の通算の必要性がなくなるとこうした会社への負担や、会社の労働者に対するプライベートへの介入という問題も、全くとは言わないまでもかなり低減されます。

また、現状でも、判例等では会社が副業・兼業を禁止することは、労働者の職業選択の自由の観点から比較手厳しい判断が多く、加えて、昨今の働き方改革により、副業・兼業解禁の外圧もかなり高まっている中では、副業・兼業を安易に禁止とすることは、労使間でのトラブル発展のリスク要因となり得ます。

このように、そもそも副業・兼業を禁止することが判例上難しくなっているのに加えて、労働時間の通算がなくなると会社側の負担もほぼなくなる、となると、会社が副業・兼業を禁止することはかなり難しくなるはずです。

会社としては、こうした労働時間の通算に関する政府の動きを注視しつつ、今後の対応を考えておく必要があるでしょう。

 

今日のあとがき

わたしが、日本法令さんから初めて原稿の依頼を受けたのは何を隠そう「副業・兼業」のことについてでした。

より具体的にいうと「副業・兼業」と「労働時間管理」とを絡めた原稿の依頼で、この依頼を受けたときのわたしといったら浮かれていることリオのカーニバルのごとし。テーマも過去にブログで取り上げたことある内容だから楽勝でしょう、と高をくくっていました。

しかし、記事の中でも書いたように、副業・兼業をする労働者に関してはとてもじゃないけど労働時間の管理なんてできたもんじゃない、というのが、依頼を受け、原稿を書き進めていくうちにわかるわけです。

そのまま書いてしまうと、先方の求める内容とはかけ離れた内容になってしまうので、どうしたものか。無理矢理にでも先方の要望通りのものを書くべきなのか? それとも、断るのか? せっかくのチャンスなのに? とかなり心が揺れたのを覚えています。

悩んだ末、最終的には「いただいた内容では原稿は書けない」と、泣く泣くお断りのメールを送ることにしました。

とはいえ、ただお断りメールを送るだけではただ「ぶっち」しただけに思われかねないと思い、途中まで書き進めた「副業・兼業で労働時間の管理なんて無理」な内容の原稿も添付したのですが、結果的には、「副業・兼業で労働時間の管理なんて無理」な内容の記事が開業社労士向け専門誌「SR」に載ることになりました。

その後は、縁あってビジネスガイドやセミナー、著書の出版などでお世話になっているので、人生わからないものです(一応言っておきますが、わたしは日本法令さんとお仕事する機会が多いというだけで専属、ということはありません(笑))。

それもこれも、副業・兼業と労働時間の関係に構造的な問題があったことがすべての始まりだったと考えると、今回の厚生労働省の方針転換には感慨深いものがあります。

 

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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