労務管理と行動経済学

社長と社員の評価はなぜすれ違うか (労務管理と行動経済学)

2015年3月9日

とある行動経済学の実験で、被験者の半分には、過去に自分が他者に対して何かを強く主張した例を6つ書きだしてもらったあとに自分は自己主張が強い人間かどうか自己評価してもらい、もう半分には12個書きだしたてもらったあとに同じように自己評価してもらいました。

この実験の目的は、思い出してもらった「過去に自分が他者に対して何かを強く主張した例」の数で、その後の自己評価に差があるかどうかを知るためのものであり、事実、自己評価には差があり、一方の被験者のほうがもう一方よりも自分は自己主張の強い人間であると評価しました。

では、どちらの方がより自分は自己主張が強いと判断したのでしょうか。普通に考えれば、6つよりも12個書きだした被験者の方が「過去に12回も自分は人に対して強く自己主張している」と思うはずなので、12個書きだした被験者たちのほうが、自分のことを自己主張の強い人間と自己評価したと思われます。

でも、実際の実験結果は、逆で、6つしか書き出さなかった被験者たちのほうがより自分のことを自己主張の強い人間であると自己評価したのです。

利用可能性ヒューリスティック

どうして6つしか書き出さなかった被験者たちのほうが、12個書きだした人たちよりも自分は自己主張の強い人間だと思ったのでしょうか。

実際に、過去に自分が人に対して強く自己主張した例を書き出してもらえばわかると思いますが、6つ書き出すよりも12個書き出す方が大変です。3つ4つまでは簡単に思い出せても、6つ目になると少し考えないと出てこないし、12個となるとかなり無理やりひねり出さないと出てきません。

つまり、「思い出した数」よりも「思い出しやすさ」が、自己評価に大きく影響を与えわけです。

こうした現象は「利用可能性ヒューリスティック」と呼ばれていて、客観的な事実や数字よりも、思い出しやすい、利用しやすいヒューリスティック(経験則)を元に人間は物事を捉えてしまいがち考えてしまいがちなことがこうした実験からはわかります。

利用可能性ヒューリスティックは様々な自己評価にかかります。なにせ、自分の行動ほど思い出しやすい事柄はほかにないからです。例えば、家事を夫婦で分担するしている家庭の場合、両者に自分の家事への貢献度をパーセントで表してもらうと、大抵の場合、合計で100パーセントを超えます。自分の行動と相手の行動の思い出しやすさの差がそのまま貢献度の評価の差となってしまうわけです。

「自分は正当に評価されてない」と思ったら

なので、仕事先や学校で「自分は正当に評価されてない」と思ったら、まずは利用可能性ヒューリスティックのバイアスに自分が惑わされているのでは、と疑ってみることです。

また、企業の経営者や管理職の方で、社員から「自分の評価が正当ではない」と抗議があったなら一度、先ほどの夫婦の例のように、他の社員らも含めて各々に自分の貢献度をパーセントで表してみてもらうことです。おそらく合計は100パーセントを優に超えるはずですが、同時に誰もが自分自身の働きぶりを過大に評価していることがわかり、「自分の評価が正当ではない」という抗議が必ずしも正しくないということもわかってもらえるでしょう。なにせ、誰もが「自分の評価が正当ではない」と思っているわけですから。

逆にそうしたファクト(貢献度の合計が100パーセント超える)がない状態で、労使が話し合ってもお互いの自己評価バイアスにかかって、話し合いが泥沼化する恐れすらあります。

よって、よく公平な人事制度を標榜して、コンサルティングなどのアドバイスに従い人事制度改革を行う会社がありますが、この労働者の自己評価に対するバイアスを上手く解消できる制度でない限り、「自分の評価が正当ではない」という不満が消えてなくなることはないでしょう。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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