労務管理と行動経済学

内定取り消しと保有効果 (労務管理と行動経済学)

2015年1月28日

以前、面接の話をしたので今回は内定の話をしましょう。

内定というと、法律的に、あるいは社労士的に言えば「始期付解約権留保付労働契約」と言います。

「勤務開始時期を明示し、企業にそれを取り消す権利を保留させる労働契約」ということなのですが、大事なのは、内定とはいえ労働契約なんだというもの。だから、それを取り消すってのは解雇に当たり、つまりは内定取り消しは、実は非常にハードル高いことなのです。

つい最近も某テレビ局の内定取り消しが話題になりましたし、リーマンショック直後はこの内定取り消しの有効性を争う裁判が起こったりもしましたが、冷静に考えてみるとおかしな話ですよね。だって、自分のことをいらないって言ってるところにわざわざ入りたいって思うのって。

それに日本テレビ(某テレビ局じゃなかったのか!)の件はともかく、リーマンショック直後で内定切りしてるところなんて、経営的にもやばいから内定を取り消してるわけで、そんな自分が入ったら潰れそうな会社にわざわざ裁判まで起こして入りたいっていうのはやっぱり違和感がある。

で、今日ご紹介するのはそんな謎がほんの少しばかり解けるかもしれない行動経済学の「保有効果」です。

保有効果

保有効果とは同じものでも、それを買ってもいいと思える額と、それを所有していて誰かに売ってくれと頼まれた場合の売却額が(たいていは大きく)異なることをさす現象のことです。

例えば、サッカーW杯のチケットを正規の値段でなんとか手に入れた人が、それと同額でほしいといっている人に売るなんてまず考えられません。ほしいと言っている人も、それはわかっているので多少は正規の値段に上乗せしようと考えますが、実際にチケットを持っている人が思う売ってもいいと思える額とは大きな差が生まれます。

また、ブックオフで本やCDを売ったことのある人なら「えっ、こんなに安いの?」と驚いたことがあるでしょうし、ヤフオクなどのオークションでは客観的に見ればこんなものをこんな高値で始めたって売れるわけないでしょ、みたいな出品がよく見られます。

どうしてこんなことが起こるかというと、人間は自分が所有しているものに対して、客観的に適正な価格よりも高い値段設定をしてしまいがちだからで、これこそが保有効果なのです。

実際に保有していなくても・・・

実はこの保有効果、実際にそのものを保有していなくても、所有意識をもつだけで効果が発揮されることがあります。

例えば、ネットオークションなどで、しばらくのあいだ最高落札者であった場合、まだ、オークションが終わっていないうちから、多くの人はそれを手に入れた時のことを考え始めます。しかし、オークションはオークションなので終了の直前に横から誰かにその座を奪われることだってあります。

すでに所有意識を抱いたものを誰かに奪われるのは誰にとっても耐え難い。結果、当初予定していた入札額よりも多くの額を投資してそれを手に入れようとしてしまう。ダン・アリエリーの実験では、最高落札者の期間が長ければ長いほど、そうした仮想の所有意識を持ち、その立場を失わないよう入札し続けたそうです。

内定の話に戻せば、内定とはこうした仮想の所有意識を持つにはうってつけのシステムだということです。内定をもらった学生は、まだ会社で働いていませんが、すでに会社に入ったつもりになってその先のことを考えるようになりますからね。

言い換えれば、会社はどうしても取りたい求職者に対しては、面接の雰囲気やインターンなどの雰囲気で、その会社に入ったつもりになるような(所有意識を持たせるような)扱いをすべきだし、逆に求職者とのあいだで無用なトラブルを避けたいと思うなら、そうしたことは避けるべきということになります。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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