労務管理と行動経済学

守れない就業規則は紙切れになる (労務管理と行動経済学)

2015年1月19日

改正予定の労働基準法の話はとりあえず前回までで一区切りつけて(まだ、ろくずっぽ改正予定の条文もでてきてない段階ですしね)、今回は再び労務管理と行動経済学。

テキストはいつものダニエル・カーネマンのファスト&スロー、と思わせて、今回はダン・アリエリーの「ずる 嘘とごまかしの行動経済学」です。

どうにでもなれ効果

ダイエットのために今までずっと甘いモノを食べるのを我慢していたのに、友達に一口だけということでもらったケーキを食べた途端、それをキッカケにダイエットのことなんて忘れて、翌日から食べたいものを食べる生活に。

上のような経験は、ダイエットをしようとして失敗したことのある人なら誰にでも経験のあることだと思います。本書では上記のような現象を「どうにでもなれ効果」と呼んでいます。

どういうことかといえば、いったん自分の中の規範やルールを破ると、「もうどうにでもなれ」という気持ちが働いて、それまで守っていた規範やルールを簡単に破る、あるいはないも同然に振る舞ってしまうというものです。

この効果を確かめるための実験の内容がちょっと複雑なので詳細は省きますが、ようは、被験者には結果に応じて報酬が支払われる二択問題を解いてももらうというもの。ただし、採点も自分で行うため、より多くの報酬が欲しければいくらでもごまかしができます。(ごまかしが行われたかどうかの判断は、同じ課題を自己採点ではなく他者採点した場合の平均点との差から判断)

ここまでは本書の他の実験とほとんど変わらないのですが、どうにでもなれ効果のために、この実験ではコンピュータを使って時間経過とともにごまかしの量が増えるかどうかの確認もされています。

その結果、実験を始めた段階では、みなある程度ごまかしなく問題を解くのですが、徐々にごまかし量が増えていき、ある時期(これ自体は人によって様々)を境にごまかしの量が飛躍的に増えていくことがわかりました。著者はこのある時期を「正直の閾値」と呼び、ごまかしの量がこの閾値を超えると、ごまかしの量が格段に増えると結論づけています。

この「正直の閾値」を明らかに超えた輩がメディアにはたくさんいますよね。まあ、それは「労務管理と行動経済学」には関係のないことなので置いておきましょう。

守れない就業規則は紙切れ

「労務管理と行動経済学」で考えないといけないのは、この「どうにでもなれ効果」と「就業規則」の関係でしょう。

よく社労士が就業規則を売る場合の営業文句として、「そんな古い就業規則じゃもしものときに役に立たない」と言ったりします。古い就業規則というのは、ようは放ったらかしにされている就業規則なわけですから、法改正に対応していなかったり、最新の労働問題に対応できなかったりするのだから言っていることは間違っていません。ぼくだって言います。

しかし、就業規則というのは会社内できちんと守られていることも重要です。

就業規則には遅刻や早退のルールがきちんと定められているのに、実態はそれがほとんど守られていないとなると、いざ、遅刻や早退が多いことを理由に社員を懲戒処分にしようとしても、規則が有名無実化しているとされ、裁判で認められない可能性があるからです。というか、裁判まで行く前に「誰も守ってないのにどうして俺だけ(どうして今回だけ)」と社員に反論されておしまいかもしれません。

厄介、と言ってしまうと語弊があるかもしれませんが、最近の就業規則は法改正や労働問題の多様化もあって、複雑化・長文化しがちで、守る以前に内容を把握することがそもそも難しくなっていて、結果、知らず知らずのうちに規則を破っている可能性があります。

知らないで破っていたのなら、誰かが注意して今後は守ってくださいね、で修正可能かもしれませんが、そうした就業規則違反がもはや慣例となって会社全体に広がっていたら難しい。

そして、理由はどうあれ、就業規則が徐々に守られなくなっていくと、最後には「どうにでもなれ効果」が発動して就業規則そのものが、社内でも公の場(ようは裁判所など)でも、紙切れ同然役に立たなくなってしまうわけです。

どうにでもなれ効果の抑制とリセット

わたしが就業規則のことを説明する際によく言うのが、就業規則には交通ルール的な部分と刑法的な部分がある、ということです。

信号を守ったり、標識を守ったりという交通ルールは、わたしたちが社会で生きていく中で日常的に接するルールであり法律ですが、一方でふとした気の迷いや本人の意識の低さで簡単に破られてしまいます。一方、刑法に記載のある殺人や強盗といった犯罪行為は、日常的に接することもなければ、それを行う人も滅多にいません。

就業規則の交通ルール的な部分とは、常に社員が意識すべきまさしく会社のルールの部分で、具体的に言えば、労働時間や休憩時間、休日や有給、遅刻・早退・欠勤の報告などで、交通ルールと同様、日常的に接する分、破る人が現れたり、やりやすいようにルールを変えてしまう人が出てきやすい。一方の刑法的な部分とは、懲戒規定や服務規程などに記載のある会社内の犯罪や犯罪に近い行為のことで横領や会社の物品の盗難などがそれです。ただ、こちらも刑法と同じように滅多にそんなことをする人はいません。

このように考えると、どうにでもなれ効果を抑制するには交通ルール的な部分と刑法的な部分、どちらをより優先して会社として守るべきなのかは、言うまでもないでしょう。なんなら、交通ルール的な部分に関しては、労働法に違反しない範囲で就業規則と切り離し内規等で扱ったほうが、就業規則そのものを守りやすくなります。

また、すでにどうにでもなれ効果が発動し、就業規則が有名無実化している場合は、就業規則そのものを変え、それ以外の労使協定等も変えてしまったほうがいいでしょう。新しい就業規則
や労使協定とともにどうにでもなれ効果をリセットするのです。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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