追い詰められたネズミは猫を噛む、なんて言いますが、これ、行動経済学で考えれば至極当然のことなんです、というのが今回の記事です。
例えば、みなさんは以下の様な場合、どちらの賭けを選ぶでしょうか?
(1)
A 50%の確率で1万円が得られる
B 52%の確率で9615円が得られる
期待値はどちらも約5000円。両者の違いは額で言うと385円、確率だと2%しか変わりません。かなり迷う質問というか、正直どっちでもいいよとなりそうな質問ですが、では以下の場合はどうでしょうか。
(2)
C 98%の確率で1万円が得られる
D 100%の確率で9500円が得られる
おそらくみなさん、Dを選んだのではないでしょうか。98%はほぼ確実と言っていい確率であり、CとDの2%の差は、(1)ではどうでもいいとされた差。おまけにCの方が期待値にして300円も高いのにもかかわらず、です。どうしてでしょうか。
この記事の目次
0%と100%と他の確率
その疑問に答える前にあと2つだけ読者の皆さんには選択して貰いたいと思います。(3)と(4)の場合はどちらを選びますか。
(3)
A’ 50%の確率で1万円を失う
B’ 52%の確率で9615円を失う
(4)
C’ 98%の確率で1万円を失う
D’ 100%の確率で9500円を失う
(3)は(1)と同じでどちらでもいいと思う人が多いかもしれません。一方、(4)では(2)と違いD’ではなくC’を選んだという人が多かったはずです。なぜなら、C’というのは言い換えれば「1万円を失わくてもいい可能性が2%ある」ということですが、D’の場合、確実に9500円を失ってしまうわけですから。
こうした質問からわかるのは、人間というのは0%と100%とそれ以外の確率では感じ方や考え方が全然変わってしまうということです。
また、0や100ではないにしても、それに近い確率の場合でもそれは変わってきます。2%程度の確率の変動なんておそらく10~90%の間では大して気にもしないはずですが、その変動によって確率が0%や100%になる、あるいはそれに近づくのなら話は別、というわけです。
4分割パターン
最近このブログで度々引用させていただいているダニエル・カーネマンのファスト&スローでは、こうした0や100に近い確率と向き合った場合の人間行動のパターンを以下の4つに分類し、解説しています。
上記の表のうち、左上は例題の(2)に当てはまります。万一の可能性を恐れ、期待値では上回るCを避けDを選択したわけです。
また(4)は右上に当てはまり、わずかでも損失を防げる可能性があるならそれに賭けたい、という心理がC’を選択させたわけです。あたかも、追い詰められたネズミが猫を噛むように。
一か八かで裁判へ
労務管理で言うなら解雇や減給された労働者というのも右上に当てはまります。労働者にとって、会社の命令は絶対、とはいえ、どこかに訴え出なければ確実に解雇されたり給与を減額されてしまう。
それならば一か八か、というのが労働裁判の割りと典型的なパターンなわけです。まあ、現実には労働裁判では労働者側が圧倒的に有利なのですが、一般の労働者はそんなことを知ってるほうが稀なので、会社と争うと労働者が決断に至る瞬間に関しては、やはり一か八か的な心理が大きいと思います。
「逃げ道」が無用なトラブルを避けることにつながる
つまり、会社が無用な労使間のトラブルを避けるには、無闇矢鱈に労働者を追い詰めてはいけない、これが鉄則であり、やむを得ず、労働者にとって不利な条件を出す場合は必ず「逃げ道」を残しておくことが重要なのです。逃げ道を残しておくことで労働者に追い詰められているように感じさせないよう、上手に交渉すべきなわけです。逃げ道というのは例えば、解雇で言えば再就職先、減給で言えば、再昇給の条件を明確にしておくといった感じです。
ただでさえ、会社と労働者では会社のほうが立場が強いとされていますから、知らず知らずのうちに追い詰めている可能性もある。そんな中で解雇や減給を言い渡せばどうなるか火を見るより明らかわけですから。
そういえば、ロックンローラーの矢沢永吉さんが「ドアを閉めてケンカしちゃいけないよ」と言っていたことがあるそうですが、行動経済学にも当てはまる真に真理を突いた考えに感嘆しますね。