時間外労働

残業上限「年間720時間」を現行の労働基準法と比較しながら正しく理解するための記事

2017年2月17日

追記:本記事は法案として固まる前の時間外労働の上限規制の情報を元にしています。法案を元に「時間外労働の上限規制」を解説した記事がありますので、詳しくはこちらをご覧ください。

労働基準法改正案から年間720時間の「時間外労働の上限規制」や「労使協定」を解説

先日の働き方改革実現会議で提言された時間外労働上限「年間720時間(月平均60時間)」というのが大きな話題となっています。

ちょっと「年間720時間」が一人歩きしている感じがありますが、実はいろいろと順序みたいなものがあるので、今回はその辺を踏まえて解説したいと思います。

 

日本の労働時間法制についておさらい

日本の労働時間法制には実質的な上限がない、というのは識者の共通の見解です。

1日8時間1週40時間という法定の労働時間は定められているものの、労使間で36協定を結べばそれ以上働かせることは可能。

36協定を結んだとしても、残業できる時間には「限度時間」というものがあって、それ以上は残業させることはできないことになっていますが、実はこの限度時間は「厚生労働省の告示」で決まっているだけで、法的拘束力はありません。

つまり、厚生労働省の定める限度時間を超えた限度時間を設定することも可能なわけです。

しかも、その限度時間すらも「特別条項」という例外規定を付ければ、年6回(1回=1ヶ月)まで、限度時間を超えて働かせることも可能な上、特別条項には時間の上限がありません(※)。

こうした背景が、日本の労働時間法制には実質的な上限がない、といわれるゆえんでした。

※ 昨今は36協定違反で取り締まりにあう大手企業が増えていますが、多くは特別条項の延長時間よりも働かせていることが原因。つまり、実態通りの時間にしていたら取り締まりに合わなかった可能性もある。

 

原則は「限度時間」まで

今回の提言では、まず法的な拘束力のない「限度時間」を法制化しよう、というのが大筋。

現行の限度時間は以下のようになっています。

期間 原則 1年単位の変形労働時間制の場合
1週間 15時間 14時間
2週間 27時間 25時間
4週間 43時間 40時間
1か月 45時間 42時間
2か月 81時間 75時間
3か月 120時間 110時間
1年間 360時間 320時間

現行の限度時間がそのまま使用されるかは不明ですが(一説には月45時間、年360時間で統一という話も)、仮に上記のままの場合、上記の時間を超えたら、36協定を結んでいたとしても、取り締まりや罰則の対象となるわけです。

※ 追記:その後、法改正後の限度時間は以下のように定められ、超えた場合罰則が付くことが決定しました。

法改正施行後の限度時間

期間区分 原則 1年単位の変形
1ヶ月 45 42
1年 360 320

これが、今回の働き方改革実現会議で提言されたことの大原則。

 

「年間720時間」はあくまで例外

一方、話題になっている「年間720時間(月平均60時間)」に関しては、もともと例外規定である「特別条項」に関する話。

前述したとおり、現行の法律では特別条項の延長時間に規制はありません。

それが長時間労働がはびこる原因というわけで、今回この特別条項の延長時間にも制限を付けましょう、というその制限が「年間720時間(月平均60時間)」というわけです。

しかも、現行の特別条項は労使協定のおまけみたいな感じで、ちょっと付け足すだけですが、今回の提案では「新たな労使協定」を結ぶことを義務づけることが示唆されています。

監督署に出す書類増えるのかよ・・・、その時間が残業に繋がるんじゃ、・・・って、まあいいや今日は。

 

月60時間を超える場合の上限は検討中

年間720時間なので月平均すると、1月あたりの残業時間の上限は60時間と言うことになります。

では、繁忙期でどうしても60時間を超えてしまう場合は、どうなるかというと、特例が認められるようです。

ただし、その特例にも上限はつける予定で、それが80時間となるか100時間となるかなどで、今は議論がある状態。

※ 追記:その後、1か月最大は100時間未満が上限となったほか、2か月ないし6か月の時間外労働時間を平均80時間以内とすることが決定しています。

 

ただ、例えその特例を使ったとしても、「年間720時間」の上限は変わらないので、今回の提言がそのまま法改正で使われたとしても、どの月も60時間までしか働けない、あるいは、どの月も60時間まで働かないといけないというものにはならないと思われます。

そもそも現行の特別条項が年間で6回までしか延長認めていない、言い換えると、年6回は月45時間までと定められている残業時間が、法改正で毎月60時間までとなったら、下手したら改悪にもなりかねませんしね。

※ 追記:その後、限度時間である月45時間を超えられる回数は年6回に決まりました。よって、毎月60時間残業というのは不可能になりました。

 

年間720時間を現行のルールに合わせるとどうなるか

ちなみに、現行の36協定と特別条項のルールでいうと「1年720時間」となるのは、特別条項の月の残業が「75時間」以下となる場合。

なぜかというと、計算方法は以下の通り、

まず、特別条項は年間で6回までしか使えないので、残りの6回は一月の限度時間の45時間が適用されます。

よって、1年のうちの半分の残業時間は「45時間×6ヶ月=270時間」。

720時間から270時間を引いた「720時間-270時間=450時間」が、残りの6ヶ月でできる最大の残業時間なので、これを6で割ると、

450時間÷6=「75時間」

となるからです。

よって、現在未定の繁忙期の1ヶ月の残業時間はこの辺が目安になってくるのではと予想されます。

75時間だと、過労死ライン以下にもなりますし。

 

超簡単なまとめ

以上です。

超簡単にまとめると、今回の提言というのは、

  • 限度時間を法律化して罰則をつけるぞ
  • 特別条項にも上限を設け、その上限は「年間720時間」だ

ということです。

このあたりをきちんと理解するには、現行の労働基準法をがどうなっているかを知る必要があると思い、今回はその辺を踏まえて解説してみました。

 

今日のあとがき

労働法学者で神戸大学大学院教授の大内伸哉先生は今回の案にかなり否定的なことをブログで書かれていますね。

政府の残業規制案に欠けているもの

記事の本編は、今回の提言の解説を重視したので、こちらの記事には触れませんでしたが、なかなか興味深い内容なので、興味のある方は読んでみてはどうでしょうか。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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