時事のよもやま話

農林漁業金融公庫の過労自殺に長時間労働は関係ない

2014年7月17日

昔、テレビでビートたけしが「食べ物に対して固いって言うのはもはや悪口(になってしまった)」みたいなことを言っていた記憶があるのですがが、同様に、労働に関することで「長時間労働」や「残業」って言葉ももうそんな感じです。

今日、農林漁業金融公庫(現日本政策金融公庫)での過労自殺の二審の判決が遺族の逆転敗訴という形で出ました。

過労自殺で遺族が逆転敗訴=大阪高裁

時事通信がソースのヤフートピックスで、事件の詳細はほとんどわからない記事にもかかわらず、早速コメント欄やSNS等では非難が上がっており、その非難の矛先は金子裁判長の「長時間労働が恒常的で業務が過重とは言えない」という判決文に集中しています。ようは長時間労働を肯定するこの裁判長はありえない・ブラック企業の手先だ的な批判です。

しかししかししかし、です。この事件の経緯や争点をきちんと抑えていくと、こんなに的はずれな批判もない。

http://www.minpokyo.org/journal/2013/05/2389/

事件の詳細については上記のリンク先を見ていただくにして、今回の件の要点だけ抑えていくと以下のようになります。

被災者は長時間労働が当たり前だった高松支店から一転、労働者の残業を規制している長崎支店へ異動しました。異動の際、高松支店での引き継ぎ業務に忙殺される一方、被災者の業務内容も大きく変わった上に、残業ができないために仕事が遅れがちになり、それが原因で上司にも注意や叱責を受けるようになり、真面目な性格の被災者は次第に精神を病むようになっていき自殺に至ったようです。

わかりますか?

この事件は、残業ができないために自分の仕事をこなすことができず、それに責任を感じた被災者が精神を病み自殺した、っていう事件なんですよ。逆に言えば、被災者が残業することによって自身の仕事をきちんとこなすことができ、自身のプライドを保てれば精神を病むこともなく自殺することもなかった、かもしれない、という事件なわけです。もちろん、上司からのパワハラや業務内容の大きな変化、会社の対応など別の要素も複雑に絡まっていて、もしかしたらそうした別の要素のほうが大きいかもしれない。

ちなみに以下は上記のリンク先に載っていた被災者の自殺前の時間外労働時間ですが、

  自殺前1か月  24時間10分
  同2か月前   31時間35分
  同3か月前   0分
  同4か月前   64時間03分
  同5か月前   99時間38分
  同6か月前   37時間22分
  同7か月前   49時間43分
  同8か月前  109時間15分

ね? そりゃ裁判長だって「長時間労働が恒常的で業務が過重とは言えない」っていうわけですよ。わたしがネットで調べた限り、被災者がサービス残業してた事実もなさそうなのでなおさら。

そう考えると時事通信のあの記事はかなりミスリードな記事といえます。そもそも過労自殺と言っていいものなのかも含めて。

それにしても、事件の概要も何も知らずに、調べようともせずに脊髄反射的これだけの批判ができるっていうのはある意味すごいといいますか、社労士稼業をやってみる身からすると恐ろしいといいますか、いやはや。

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  • この記事を書いた人

社会保険労務士 川嶋英明

社会保険労務士川嶋事務所の代表。「いい会社」を作るためのコンサルティングファーム「TNC」のメンバー。行動経済学会(幽霊)会員 社労士だった叔父の病気を機に猛勉強して社労士に。今は亡くなった叔父の跡を継ぎ、いつの間にか本まで出してます。 3冊の著書のほか「ビジネスガイド」「企業実務」などメディアでの執筆実績多数。

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