事例
Sは半年前にサービス業であるD会社を退職しました。というのも、会社が休みの日にSは電車内で痴漢行為で逮捕されてしまったからです。ただし、Sは被害者と金銭による和解を行ったため、すぐに釈放されました。
D社の社長は釈放されたSをすぐさま解雇しようとしましたが、顧問の社労士からこの件でSを懲戒解雇をするのは難しいと説得され、出勤停止処分の懲戒処分を行うに止めました。
出勤停止処分後、会社に戻ってきたSでしたが、Sが痴漢で逮捕されたという噂はすでに会社の誰もが知ることとなっており、Sへ向けられる視線や態度、特に若い女性社員からのそれらは冷たいを通り越して突き刺すように鋭く、まるで自分自身が汚物になったかのよう。耐えられなくなったSは結局、会社を辞めてしましました。
SのD社退職が半年が経った頃、D社の社長のもとにハローワークから連絡が入りました。
ハローワークからの連絡によると、Sが持参した書類と離職票の退職理由が違う、Sは「自分は解雇されたんだ」と言っているが離職票には「自己都合」と書いてあるそうです。
解説
和解したってことはSは痴漢の方はたぶんやっちゃんたんでしょうね・・・。
ただ、いくら警察に捕まったとはいえ、Sをなかなか懲戒解雇できないのはD社の顧問社労士の言うとおりです。というのも、懲戒処分というのはあくまで会社内の処分だからです。しかし、今回は会社が休みの日です。社外のプライベートな行為に対して会社が懲戒処分するのは、その行為がよっぽど会社に不利益を与えたのでないならば権利の濫用と判断とされてしまうのです。
結局D社を退職してしまったSですが、後々になって退職理由が違うとハローワークへ訴えたようです。
この理由はおそらく、失業手当でしょう。ハローワークで失業手当をもらう際、自己都合で辞めた場合と会社都合(解雇・倒産)で辞めたですと、失業手当の額は変わらないものの、もらえる日数が大きく変わりますからね。
しかし、会社としては簡単にこれを認めてしまうと、今度は不当解雇による訴えを起こす隙をSに対して与えることにもなりかねません。
対策
今回の件で、就業規則で対応できることがあるといえば、まずは業務外での犯罪行為に対する懲戒処分についてきちんと定めることでしょう。
痴漢行為で懲戒解雇は重すぎる、という顧問社労士の判断は、公務員の懲戒処分の指針から導き出されるものです。人事院が出している懲戒処分の指針では、公務外での痴漢行為に対して「停職又は減給」が妥当としています。
ただし、解説でも言いましたが社外での犯罪行為に対する妥当性は、会社に与える不利益への度合いでかなり変わってきます。例えば、痴漢をした労動者の働いていた会社が鉄道会社の場合、解雇が妥当と認められた判決もあります。ただ、何にしても就業規則に記載がなければ会社は労動者を懲戒処分できない以上、ありとあらゆる可能性を想定する必要があります。
退職後の退職理由の変更に関しては、会社側に非がないのであれば応じる必要はないでしょう。逆に、実質的に会社都合の解雇にもかかわらず、自己都合で辞めさせた場合などは違法な退職強要になりかねず訴訟リスクを抱えることになるので、早急に労動者と話し合う必要があります。
また、こうした退職後のトラブルを避けるには、労働基準法第22条の1に定められている「退職の証明書」を労動者に交付するとよいでしょう。退職の証明書は労動者の請求があった場合のみ法律上は交付義務がありますが、請求の有無にかかわらずこれを交付し控えを会社で保管しておくのです。
ただし、労動者の請求しない事項を記載するのは労働基準法違反になってしまうので、労動者が退職理由の記載を拒否した場合などは、会社と労動者のあいだで誓約書をかわすなど、他の手段で証拠となるものを残すことが大切です。