名古屋で就業規則作成するなら社会保険労務士川嶋事務所

名古屋市営地下鉄名城線、西高蔵駅から北へ徒歩3分、国道19号線沿いの社労士事務所

その他

アイルトン・セナのことについて語っておこう

2016/04/20

アイルトン・セナ没後20年という区切りのためか、今年は雑誌等でもセナの特集が多いですね。

世代で言うと、私自身は決してセナをリアルタイムで見ていたわけではありません。セナが事故死したとき、わたしはまだ8歳でしたからね。

だから、わたしが持っているセナの情報というのは9割9分9厘人からの伝聞、そして、それゆえにセナを語る、というのがちょっと恥ずかしいというか後ろめたいというか、そういう部分が確かにあるのです。

別にリアルタイムでセナを見た人が偉いと思っているわけではありませんが、やはりリアルタイムで見ていることによる情報量には敵わない気がするのがその理由です。ここで言う情報量というのは、セナの成績やセナのプライベートという意味ではなく、ようはその時代を生きていたからわかる実感とか空気感みたいなものです。

そういったものは、過去の文献をいくら掘り起こしても、経験していないものからしたら想像に過ぎません。不穏当な例えかもしれませんが、それは戦争を経験したことのない人間が、いくら戦争のことを知ろうとしたり学ぼうとしたりしても、そこに実感がともなうことが難しいのと同じです。

だから、わたしにセナを語る資格はない、とは思っているわけはないですし、知らないから冷静な部分もあるのも確かなのですが、逆に知らないから神聖化してしまっている部分もある。なんにせよ、訳知り顔で語るにはちょっと恥ずかしいのでこの記事の投稿に5月1日は避けました。

前置きが長くなりましたが、セナについて。

というか、自分で蒔いた種ですけど、なんかすごく語りづらい。

でも、映画「アイルトン・セナ 音速の彼方へ」を見た時も思いましたが、セナの物語って非常に良く出来ているんですよね。F1史上最高のドライバーと呼ばれながら、彼の物語は完全無欠のサクセスストーリーでも聖人君子の教訓談でもない、歓喜と憎悪の入り混じった混沌の物語ですらあるにもかかわらず、セナの物語を追えば、理不尽な部分も含めF1の面白い部分がすべてわかってしまうと言っても過言ではない。

スポーツ選手を物語で語るのは実はあまり好きではなく、マスコミはもっとスポーツ選手だけが持つワザ・技術にスポットを当てるべきだとわたしは常々思ったりしているのですが、セナだけはちょっと別。

そして、結局今のF1がセナプロ時代のF1と比較して盛り上がってないと見られてしまうのにもそうした物語の問題があるような気がします。つまり、おそらくF1がセナのいた時代を超えていくためには、単に記録や技量的な意味だけでは足りず、F1がセナの物語そのものを超えていかなければならないということです。

今後そうした物語が紡がれていくかどうか、それを担えるだけのドライバーが現れるのかはわかりませんが、願わくばその物語はドライバーの事故死という形で終わるものでないことを祈りたいものです。

The following two tabs change content below.
名古屋の社労士事務所、川嶋事務所の代表で、このブログの筆者。 新しいこと、もの、特にIT関連が大好きで、社労士としては会社・労働者のITトラブル対策・就業規則作成が得意分野。 2016年4月から9月まで中日新聞で「働く人を守る労働保険」を連載、開業社労士専門誌「SR」に寄稿するなど、メディアでの執筆活動も。